転向者たちのお茶会
レイナード公爵夫人主催のお茶会は、いつも以上に静かな緊張に包まれていた。
重厚なサロンに招待されていたのは、かつて第二王子派に属していた令嬢たち。
その中心に立つのは、レイナード公爵夫人と、その隣に控えるリナリア。
元とはいえ、第二王子派の令嬢たちをローデリア家に招待するわけにはいかなかった。開催場所に悩んでいたリナリアへ声を掛けたのが、レイナード公爵夫人だった。
「本日はお集まりいただきありがとう」
優雅に微笑みながら、レイナード公爵夫人はゆっくりと場を見渡す。その視線に、誰もが背筋を正した。
「申し訳ないけれど、少し呼ばれているの。席を外すわね」
わずかに扇を揺らし、そして視線をリナリアへ向ける。その視線が意味することを、リナリアは正確に理解していた。
「リナリア嬢、あとは任せました」
「はい」
一礼とともに応じる。その声は落ち着いていた。
公爵夫人が去った瞬間、張り詰めていた空気が、わずかに緩む。けれど完全に解けたわけではない。残されたのは、この場を、この機会を逃すまいとしている者たちだけ。
やがて、一人の令嬢が、控えめに口を開いた。
「……リナリア様。私たちと……交流を深めてくださるというのは、本当でございますか?」
その声には、期待と、わずかな不安が混じっていた。リナリアは円卓に座る令嬢たちを見回し、ゆっくりと微笑む。
「ええ。そのつもりで、本日はお時間をいただきました」
ほっとしたように、数人の表情が和らぐ。リナリアは音を立てずに紅茶の入ったカップをソーサーに置いた。
「ですが、その前に」
リナリアは、ほんの一瞬だけ言葉を切った。視線を伏せる。膝の上に置いた扇を静かに握る。
「……伺いたいことがございます」
空気が、再び張り詰める。顔を上げたその表情は、先ほどまでの穏やかさとは違っていた。
「姉…カメリア・ローデリアについて」
その一言で、場の温度が変わった。その名を聞いて、後ろめたいことを思い出したのか、それとも妹からの報復を恐れてか、数名の令嬢たちが目を逸らす。
「カメリアお姉様は、あの婚約破棄の後、今もなお謹慎の身にあります」
静かに語る声。だがその声には、姉を思う妹の抑えきれない痛みが滲んでいるように感じられた。
「私は学園に通っておりませんでした。ですから、皆様に、お聞きしたいのです……あの日、何があったのでしょうか」
沈黙。何が起きるかが分からない恐怖が、口を閉ざさせる。リナリアは悲痛な面持ちのまま続ける。
「証言があったと、聞いております。ですが……姉が、そのようなことをするとは、どうしても思えないのです」
その声音は、その場にいる第二王子派だった令嬢たちを責めるものではない。ただ、信じたいと願う者のものだった。
「もし、誰かに強いられて、証言をされたのであれば。どうか、真実を教えていただけませんか」
空気が揺れる。誰もが視線を伏せる。互いに顔を見合わせ、誰が最初に口を開くのか探るようだったら。
リナリアは言葉を選び、令嬢たちの罪悪感を引き出す。発言しても何の害もないと、理解させる。
「私はただ……知りたいのです。もしお話しいただける方がいらっしゃれば、ぜひ、これからも親しくさせていただきたいと思っております」
その一言。甘い誘惑。それが引き金だった。
「……わ、わたくしは……」
最初に口を開いたのは、一人の令嬢だった。視線を泳がせながら、それでも意を決したように言葉を紡ぐ。
「エリシア様に、頼まれて……」
ざわり、と場が揺れる。だが、その証言を皮切りに、令嬢たちが次々と口を開く。
「わたくしも……リリーナ様が、見たと仰っていたので……本当のことだと……」
「……あの、わたくし、本当は……見て、いないのです……」
小さく、震える声。一人の令嬢が、顔を伏せたまま言った。
「悲鳴が聞こえて……振り向いたら、ドレスが……汚れていて……」
離れていても確認できるほど震えた指が、膝の上で握られる。
「でも……本当に、カメリア様がなさったのかは……分かりません……」
リナリアはテーブルの下で、扇を力の限り握り締める。扇が軋む音が、リナリアにだけ聞こえる。
「わたくしも……」
「実際に見たわけでは……」
「噂を、信じてしまって……」
次々と、言葉が零れ落ちていく。崩れた。リナリアは、それを静かに聞いていた。心の奥は、ひどく冷えていた。
(……なんて、都合の良い。見てもいないことを、事実のように語り。それでいて、今は仕方なかったと)
そして自分たちの立場が崩れれば、今度は自分たちが破滅させた令嬢の妹にも、躊躇いなく擦り寄る。虫唾が走る。だが、その感情は一切表に出さない。
リナリアは、自分の中に吹き荒れる感情を全て呑み込み、微笑む。
「……皆様。お話しいただき、ありがとうございます。皆様を、責めることなどありません。むしろ、真実を知ることができて、安心いたしました」
その言葉に、発言した令嬢たちの間に安堵の色が広がる。そして、静かに、しかし確実に踏み込む。
「今、第二王子派の皆様が、大変な状況にあることは、存じております。もし——」
一歩、言葉に重みを乗せる。表情は慈愛に満ちた笑顔のまま。
「本日の証言が、事実と異なるものであったと、改めて場を設けた際に、正しく証言していただけるのであれば。皆様の今後のお立場についても、良い形でお力になれるかと存じます」
彼女たちが求めているものを、リナリアは理解していた。
没落しかけた彼女たちにとって、それは何よりも価値ある救済だった。リナリアの権力、立場、後ろ盾。令嬢たちの息を呑む音が聞こえるようだった。
それが何を意味するのか、理解できない者はいなかった。
「……っ、はい……!」
「ぜひ……!」
「では、その時を楽しみにしておりますね」
その微笑みに、救われたと令嬢たちが安堵する。あくまで、優雅に、そして容赦なく、リナリアは彼女たちを掌の上で導いていた。




