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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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計画の、その先で

ヴァルクス公爵家の応接室は、静かだった。


重厚な扉の向こう、外界の気配は遠く、磨き上げられた床と深い色の調度が、場の緊張感を自然と引き締める。


向かい合って座るシルヴィオは、いつもと変わらない無駄のない姿勢で、書類に目を落としていた。


その横顔を一瞬だけ見てから、リナリアは小さく息を整える。


カメリアの名誉回復の機会を、パーティーまでの二か月で、どのように作り上げるか。ここからが、リナリアの本来の目的になる。


「……第二王子派は、ほぼ壊滅状態ですね」


「あぁ。議会からの排除、謹慎、爵位剥奪……中枢にいた者は一通り処分されたな」


淡々とした返答。そこに情はない。ただ事実だけが並べられる。リナリアは頷いた。


「はい。ですので、カメリアお姉様が婚約破棄を告げられた時の証言を、改めて洗い直したいと考えています」


「理由は」


「第二王子派に従っていた者の中には、強制された者もいるはずです。親に命じられた学生や、圧力を受けて虚偽の証言をした者……今なら、口を開く可能性があります」


否定はない。シルヴィオは黙って続きを促す。学園に潜り込んだ時には、直接証言を聞ける立場にはいなかった。でも、今なら。


「近々、レイナード公爵夫人が開催する、大規模なパーティーが予定されています。現在の私の立場であれば」


一瞬だけ、言葉を区切る。リナリアは膝の上で揃えていた手にギュッと力を込め、意を決して顔を上げる。


「ヴァルクス公爵家の婚約者、そして第一王子派の筆頭として、恩を売りたい者は数多く集まるはずです。そこを利用します」


貴族に戻れば、届くと思っていた場所。ここにいなければ、利用できない力が確かにある。そして、それを最大限に発揮できるのは、今。


「証言の詳細と、真実を引き出します」


数秒の沈黙。シルヴィオはそのままリナリアを見ていたが、やがて小さく頷いた。


「合理的だ」


それだけの一言。だが、それで十分だった。リナリアは一度頷き、言葉を続ける。自分の声が、まるで自分の声ではないみたいに、冷たく聞こえる。


「エリシア嬢とリリーナ嬢についてですが。利用されていた可能性はあります。ですが、悪意を持って、カメリアお姉様を陥れた事実は変わりません。ですので、パーティーの場で責任を取らせます」


「異論はない」


迷いのない肯定。それに、リナリアは小さく息を吐いた。一つずつ、整理できている。けれど、ふと、頭をよぎる人物がいる。


「……あの、レオン様は、今どちらに?」


これまで何度かこの屋敷を訪れているが、一度も姿を見ていない。その違和感を、ようやく口にした。シルヴィオは特に間を置かず答える。


「父上の判断で謹慎処分だ。王都の別邸にいる」


「……そうですか」


「話を聞きたいなら、連れて行くが」


さらりと告げられる。エリシアに唆され、カメリアに婚約破棄を突きつけた張本人。そして、シルヴィオの弟。いずれ対峙しなければいけない時がくる。


「……その前に、確認させてください。レオン様の処分については、どのようにお考えですか?」


「貴族として生まれた以上、責任は常に伴う」


その言葉は、重い。誰よりシルヴィオの仕事を見てきた。力を持って生まれた者の責任を、シルヴィオは誰よりも理解している。


「自らの行動に対して、相応の責任を負わせるだけだ。レオンは、貴族としての結婚を拒み、カメリア嬢の名誉を汚した。それでいて、貴族として生きるつもりでいるのなら、筋が通らない」


話すシルヴィオの顔は、いつも通りに見えた。逃げ道のない世界。その中で生きている人の言葉だった。


「もし、あの女を選ぶというのなら、除籍する。自分だけで責任を取れる、平民として生きればいい」


その言葉に、迷いは一切なかった。肉親に向ける判断とは思えないほどに、冷徹で、そして公平だった。


リナリアは、ゆっくりと息を吐く。

ああ、この人は。やはり、この世界の頂点側の人間だ。情ではなく、責任で全てを裁く。


優しいだけの人じゃない。守る人でもあり、切り捨てる側の人でもある。


「……分かりました。まずは、令嬢たちの証言を洗い直します。その後で、レオン様にもお話を伺わせてください」


「手配しよう」


それで、この話はまとまった。だが、ふとした瞬間、視線が交差する。この人の隣に立つということは、甘さではなく、覚悟を求められる場所。


「……必ず、カメリアお姉様の名誉を取り戻します」


「当然だ。お前はその為に貴族に戻ったのだろう」


短いその一言が、何よりも強い信頼の証のように、リナリアの胸に落ちた。

ふと、空気が緩む。張り詰めた緊張がほどけた。


「それと、リナリア。私たちの婚約の件だが」


ふいに、シルヴィオが口を開いた。

手元では、湯気の立つ茶器。慣れた手つきで茶を淹れながら、あまりにも自然に話を切り出す。


「……はい」


思わず、少しだけ声が弾む。婚約の件。


(……もしかして)


第二王子派はほぼ壊滅。第一王子派の陣営も落ち着いた。カメリアの名誉回復が上手くいったら、遂に具体的な結婚の時期の話が進むのだろうか。それとも花嫁修行についてだろうか。そう思った瞬間、胸の奥がほんのりと温かくなる。


「カメリア嬢のパーティーが終われば、破棄しても構わない」


カップに茶を注ぎながら。まるで、業務の一つを処理するような声色で、告げられた。


「……え?」


音が、止まる。理解できなかった。



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