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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第二章

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全てが繋がる日


わずかに開いた窓から、やわらかな朝の光が差し込んでいた。


白いカーテンが揺れる。その淡い光の中で、リナリアはゆっくりと目を開ける。


まだ完全ではない呼吸。肺の奥が、かすかに軋むけれど、あの夜のような、息を奪う鋭い痛みは、もうない。


「……動ける」


小さく呟き、指先を確かめる。震えはない。ゆっくりと身体を起こすと、脇腹に鈍い違和感が走る。思わず息を止めるが、耐えられる。


「……大丈夫」


自分に言い聞かせるように、もう一度。

寝台を降り、鏡の前に立つ。首元に残る痣は、うっすらと色を変えながらも、確かにそこにあった。


指先で触れ、すぐに離す。生きて戻った証。

化粧台の前に座り、手際よくそれを隠していく。粉を重ね、色を整え、布地の高い襟元で覆う。


鏡の中の自分は、もう戦場にいた女には見えない。


「……これでいい」


二日。ここまで戻れば、十分だ。痛みがないわけではないが、医師に処方された痛み止めがあれば何とか誤魔化せる。


身支度を整え、扉を開ける。朝の空気がまだ残っている廊下の先に、見慣れた影が二つ。



「……動いて問題はないのか?」


「おいおい、まだ痛ぇだろ?」


朝から雰囲気が整っているシルヴィオと、壁にもたれるように立つガルドが、リナリアに気付き、心配そうな顔で近寄る。


「大丈夫です。問題ありません」


「頑固な女だな…」


短く答えると、シルヴィオの視線が一瞬、鋭くなる。首元、呼吸、足取り、一瞬で全てを見て取る視線。だが、何も言わず、やがて小さく息を吐いた。


「……王都へ戻る。準備はいいか」


「はい」


朝食を済ませ、館の前に出ると、すでに馬車が控えていた。その前に立っていたのは、この館の主人、領主。


「もう出立するのか。もう少し休んでもよいのだぞ」


穏やかな声音。しかし、その奥にあるのは、この地を悩ませていた盗賊を討伐してくれたリナリアへの気遣いと心配。


「お気遣いありがとうございます。ですが、最後まで見届けたいのです」


その言葉に、領主はしばしリナリアを見つめる。やがて、静かに頷いた。


「……そうか。見事だった。領民を代表して、君たちに感謝を」


その言葉は領主からの正式な感謝。深々と下げられた頭を上げてもらい、リナリアは微笑んだ。


「ご協力、感謝いたします」


シルヴィオが領主に礼を述べる。余計な言葉はいらない。二人が固い握手を交わし、馬車は出発の準備を進める。

ガルドは別れの気配など微塵も感じさせず、いつも通り太陽のように笑い、軽く手を挙げた。


「次は無茶すんなよ!リナリア!」


「うん。ガルドも、元気でね!」


「シルヴィオ、こっちの処理は任せとけよ」


「あぁ。頼む」


ほんのわずかに笑みを浮かべ、リナリアは馬車へと乗り込む。扉が閉まり、車輪が動き出す。


王都へ。





駆け抜けた行きとは違い、馬車は静かに進み、五日後、王都へと戻った。


そのまま一行は、王城へと入る。向かった先は、アルベリクの執務室だった。重厚な扉の向こう。整然と並ぶ書類と地図。


そこに立っていたアルベリクは、リナリアたちを一瞥すると、静かに口を開いた。


「よく戻った」


落ち着いた声に出迎えられ、リナリアとシルヴィオは膝を折る。アルベリクが二人の肩を叩き、労う。そのまま机の前に移動し、ソファーに腰掛ける。


「さぁ、報告してくれ」


「盗賊の討伐は成功しました。捕縛した者たちはヴァルディア領軍へ引き渡し済みです。ギャリー商会と、第二王子派貴族との取引記録を確保。帳簿、輸送記録、契約書類もすべて押収済みです」


シルヴィオが淡々と報告を続け、アルベリクの前に証拠を並べる。既に早馬で知らされていた結果だが、慎重に目を通していく。


「さらに、王都において押収した積荷と照合した結果、流通経路・資金の流れ・物資の供給先がすべて一致しました」


一瞬の沈黙。アルベリクが無言で顎を引き、続きを促す。リナリアは隣で静かにこの事件の終焉を見届ける。


「盗賊の討伐、ギャリー商会と貴族の繋がり、王都で押収した積荷の確保、すべてが繋がりました」


アルベリクの視線が、静かに細くなる。普段は気さくな雰囲気を出しているが、無言でいるとシルヴィオと同じか、それ以上の威圧感を感じる。


アルベリクは一度目を閉じ、そして深く息を吐き、長いまつ毛に縁取られた碧眼でシルヴィオとリナリアを見つめる。


「本当に、よくやってくれた。お前たちが戻ってくるまでに、すでに議会に話は通した。証拠は揃っている。関係者は拘束済みだ。もう逃げ場はない」


アルベリクはやっと安堵の笑みを浮かべる。


全てが決した。第二王子派は、もう立て直せない。



その時、執務室の扉が勢いよく開く。


「兄上!」


入ってきたのはアルベリクと同じ蜂蜜色の髪色をした、小柄な少年だった。入ってきた少年は、そのままアルベリクの腰辺りに抱きつく。


「全部終わったんですよね!」


「あぁ、終わったよ。アラン」


声変わり前の、幼い声。その言葉にはどこか必死さが混じっていた。アルベリクは静かに頷き、アランの髪を撫でる。


「……よかった。ご協力いただきありがとうございました。シルヴィオさん、リナリアさん」


「シルヴィオ、この方は…?」


「あぁ、アラン第二王子だ」


予想通りの答えに、リナリアが目上の者に対する正式な礼を取る。


「お初にお目にかかります。リナリア・ローデリアと申します」


「初めまして。アランです…今回は、本当にありがとうございました」


ぺこりと頭を下げる姿が可愛らしいが、その瞳にはすでに年齢に似つかわしくない冷静さが備わっている。


「あの、全部終わったと言うのは…?」


「全て説明しよう。アラン、話せるね?」


アルベリクに促されたアランは、アルベリクの隣に腰を下ろし、膝の上で手を握り締め、呼吸を整えてから、話し始める。


「…本当は僕、王になんてなりたくないんです」


まっすぐな言葉だった。この年頃の少年には似つかわしくない言葉。アランは自分の気持ちを整理しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「補佐になって、この国と、兄上を支えたい。ずっとそう思っていました。なのに、第二王子派なんてものが勝手に作られて、兄上と僕を対立させようとしてきました」


グッと膝の上で握られた拳に力が入る。白くなるほど握られたその手は、痛々しくて、どれほどの苦しみが彼を悩ませていたのかを表していた。


「気づいた時には、もう僕の意思なんて関係なく担ぎ上げられてて……逃げられませんでした」


一度言葉を切る。だが、その大きな瞳はもう揺れていない。


「でも思ったんです。この人たちを全部追い出せたら、兄上が王になった時、もっと自由に動けるようになるんじゃないかって」


その言葉に、アルベリクがわずかに目を細める。アランはアルベリクと目を合わせて、ニッと笑う。


「だから兄上と一緒に策を立てました。まとめて処罰するには、沢山証拠を集めなければいけなかったけど、僕は直接動くことが出来なかった。なので、兄上と、シルヴィオさんに情報を渡して、動いてもらいました。


そこでやっとリナリアは、今までのシルヴィオの情報の速さの要因を理解する。まさか、第二王子本人が、アルベリク陣営に情報を流していたとは、第二王子派の貴族達は気付けるはずもない。


「時間はかかったけど……これでやっと、やっと、ちゃんと仲良く過ごせます!」


その言葉は、子どものようでいて、確かな重みがあった。たったそれだけの願いを叶えるために、一体どれほどの苦しみがあったのか。リナリアは静かに息を吐く。


「お見事です。アラン様」


それは心からの賞賛だった。その言葉に、アランは年相応の表情で笑顔を浮かべる。アルベリクは、アランの髪を撫でてやり、視線をリナリアへ向ける。


「巻き込んですまなかったな。その上で、よく動いてくれた。感謝する」


王族からの、まっすぐな謝罪と、感謝。そして、そこには確かなリナリアへの評価があった。


「何か望みはあるか」


「……では、一つ」


静かに頭を下げる。第二王子派の件は、もうじき終焉を迎える。でも、私の目的は、まだ達成出来ていない。


「カメリア・ローデリアの名誉回復の機会を、次の王家主催のパーティーにて、お時間を頂きたく存じます」


空気がわずかに引き締まる。それはリナリア自身を突き動かす、小さな願い。リナリアもまた、アランと同じく、家族と平和に過ごすために戦ってきた。


「承知した。その場は私も立ち会おう。手伝えることは言ってくれ」


その一言で、道は確定する。やっと、やっとだ。リナリアの脳裏に、全てを諦めたように微笑んだ、あの日のカメリアの姿が浮かぶ。ギリ、と握りしめた手のひらに、爪が突き刺さる。


「本当に、ありがとうございます」


「次のパーティーだと、二ヶ月後だな。準備の時間は充分か?」


「はい。問題ありません」


アランがぱっと顔を上げ、無邪気に微笑む。やっと年相応の表情を見れた気がして、つられてリナリアも微笑む。


「僕も手伝います!」


「まずは静かにしている練習からです。アラン様」


即座にシルヴィオの冷静な声が落ちる。


「えー!」


軽いやり取りに、わずかに空気が緩む。


戦いは終わった。


だが、終わりではない。リナリアは静かに息を整える。


次に待つのは、剣ではない戦場。


言葉と視線と、沈黙の駆け引き。


「……待っていてね、お姉様」


その一歩は、確かに前へと向いていた。 


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