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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第二章

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閃光の合図

森の奥へと続く道は、徐々に細く、暗くなっていく。湿った土の匂い。踏みしめる度に沈む足音。


その先頭を歩くのは、縛られた盗賊だった。


「……この先だ」


低く吐き出される声。その背後、一定の距離を保ってシルヴィオ達が続く。気配を殺し、足音を極限まで抑えながら。


「……止まれ」


シルヴィオの手が、静かに上がる。視線の先。木々の隙間に、人工的に切り開かれた空間が見えた。


粗雑に組まれた木柵。その奥に、複数の建物。焚き火の煙が細く立ち上っている。


盗賊の根城。


「見張りは二、いや三か」


「……荷の襲撃に人手を割いているのでしょう。予定より見張りが少ない」


シルヴィオの声は静かだった。後ろに続く隊長が、周囲を見回して見張りの数を確認する。その横で、リナリアが一歩前に出る。


「行きます」


誰も止めない。止められないことを、全員が理解している。シルヴィオの視線だけが、鋭く彼女を射抜いた。


だが、何も言わない。その代わりに、ほんのわずかに、顎を引いた。


その合図を受けて、リナリアは森から一歩、外へ出た。わざと足音を立てる。枝を踏み、バランスを崩しながら柵の前に姿を現す。


「……っ、あれ……?」


「誰だ!!」


頼りない声を夜気に溶かすと、見張りの男が一人、松明を持って姿を現す。リナリアはわざと怯えたような表情で男を見上げた。


「……っ、す、すみません……道に迷って…明かりが見えたものですから…」


「こんな時間に、一人でか?」


「ヴァルディアにいる祖父が、病で倒れたと聞いて…旅路を急いでおりましたら道を外れてしまったようで…」


震える声。視線を泳がせ、完全に無防備な旅人を演じる。見張りの男は、旅支度で現れたリナリアに疑念の目を向ける。だが、警戒はまだ浅い。


「村に……行くはずが……」


「おーい、どうした!」


「女だ!迷子だとよ!!」


言葉を途切れさせ、困惑した表情で俯く。その隙にもう二人、見張りが近付いてくる。三人引きつけた。


(……よし)


「ふーん、可愛い顔してるなァ」


「中で話を聞いてやるよ!」


「あ、あのっ…離してください…!」


「大丈夫だって!何もしねぇよ!多分な!」


腕を掴まれる。ビクッと大袈裟に身体を震わせて、僅かな抵抗を見せてみるが、男達はニヤニヤと下卑た表情で、ズルズルとリナリアの身体を引き摺るようにして中に連れて行く。


木柵の中へ。そして。盗賊たちの根城へと、足を踏み入れた。



中は、思った以上に整っていた。

粗雑なだけではない。武器は整理され、見張りの配置も機能している。ただの野盗じゃない。奥へ、奥へと連れていかれる。視線が集まる。値踏みするような目。


木製の扉が音を立てて閉まる。全員、入った。


(今ね)


袖の内側。発火具に、そっと指を伸ばす。


その瞬間。


「何してんだ」


ドンッ、と衝撃が腹に突き刺さった。


「っ——!?」


息が、消える。視界が揺れる。そのまま身体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。


「がっ……!」


「おいおい、可哀想だろー!女の腹蹴るなんて!」


「ギャハハ!動けなくなってるじゃねぇか」


肺から空気が強制的に吐き出される。衝撃で、痛みで、呼吸ができない。蹴られた腹部と、壁にぶつかった背中に鈍い痛みが走る。


(……肋骨、折れたな…)


考える余裕すらない。盗賊達の下品な笑い声が聞こえる。髪を掴まれ、無理やり顔を引き起こされる。

腕が伸びてきて、リナリアの細い首を片手で掴み、身体ごと持ち上げた。足が床から浮く。


「……お前、何しようとした?」


「っ……」


「おいおい!それじゃ話せないだろ!」


低い声が間近で落ちる。喉が圧迫されて、空気が入らない。息が出来ない。視界が、滲む。


「最初からおかしいと思ってたんだよなぁ」


「こんな時間に女が一人で出歩くなんて、何かありますって言ってるようなもんだ」


「……っ…!」


指に力がこもる。気道が、完全に潰される。質問しているようで、これはただの暴力だ。話させるつもりなんてない。殺した方が早いからだ。


痛い。苦しい。酸欠で、頭がぼやける。それでも。リナリアは、無理やり口を開いた。


「……私を、入れた時点で、もう終わりよ」


「何を言ってやがる。お前は死ぬんだよ」


途切れ途切れの声で、それでも、笑った。盗賊の眉が、ぴくりと動く。その隙だった。


指先が、袖の中の発火具に触れる。最後の力を振り絞って、床に叩きつけた。閃光。爆ぜるような白。空間が、一瞬で光に呑まれる。


「なっ!?」


「目が!!」


盗賊たちの叫び。視界が潰れる。動きが止まる。場が混乱状態になる。


その直後。


「突入!」


「制圧しろ!」


外から声が響いた。扉が吹き飛び、兵士達が雪崩れ込む。その先頭。風のように踏み込んできた影が、一人。


「離せ」


底に落ちるような低い声が、空間を裂いた。リナリアの首を掴んでいた男の腕が、捻り上げられる。


加えられた痛みに耐えきれず、男がリナリアの首を離すと、横に吹き飛ばされる。そのまま壁に叩きつけられ、力無く崩れ落ちる。


支えを失い、リナリアの身体が崩れ落ちる。床に手をつき、必死に空気を吸う。


「はっ……は……っ……!」


喉が焼けるように痛い。息がうまく整わない。酸欠で頭の奥がモヤがかかったように痛む。


その身体を、ぐっと引き寄せられた。嗅ぎ慣れた香りが、鼻腔をくすぐる。


「……無事か」


すぐ近くに濃紺の瞳。言葉が出ない。ちゃんと、やり切ったと報告したいのに。上手く話せなくて、色んな感情が溢れて、ただ、頷く。

無意識に庇っていた脇腹に、シルヴィオが目をやる。


「……折れたか」


「た、たぶん…」


引き攣ったような、掠れた声。圧迫されていたリナリアの白い首には、男の指の跡がくっきりと残っている。


そのまま、抱き上げられる。


「下がっていろ。お前の役目は終わりだ。よくやったリナリア」


シルヴィオの視線はすでに戦場へ。リナリアは力を抜き、一番信頼する男へ身体を預けた。


「一人も逃がすな」


地を這うような低い声が落ちる。空気が張り詰めるほど、その声には深い怒気が込められている。


そのまま、シルヴィオは前へ出た。





同時刻。


街道。襲撃地点。


「来たぞぉ!!」


統率された動きの盗賊たちが、ガルド達が待ち構える荷馬車へと飛びかかる。


その瞬間。


「今だ!!」


ガルドの号令を合図に、積荷に掛けられた布が跳ね上がる。中から現れたのは、武装した兵士たち。


「かかったなぁ!!」


「なっ!!罠だ!!撤退ー!!」


「潰せ!!」


大剣が振り下ろされる。重い一撃が、盗賊を叩き潰す。兵たちも一斉に動く。連携、統率、速度。すべてが盗賊達より上だ。


「逃がすな!全部狩れ!!」


戦場が、一気に傾いた。





再び、根城。


戦いは、長くは続かなかった。

視界を奪われ、奇襲を受けた盗賊たちに、立て直す余裕はない。


一人、また一人と制圧されていく。

やがて、最後の一人が地に伏した。


静寂が戻る。荒い息遣いだけが、空間に残る。


「……制圧完了です」


隊長が後ろからシルヴィオに報告する。シルヴィオは、無言で頷いた。


その視線が、ふと下へ向く。

リナリアは、極度の緊張から解放されたのか、意識を手放していた。肋骨が折れているのだろう、痛みからか、眉間には深い皺が刻まれている。その姿を、ほんの一瞬だけ見て。


「帰還する」


短く告げた。


夜が、終わる。


盗賊討伐戦は、完全な勝利で、幕を閉じた。


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