静かなる制圧
「……っ言えるか……そんなもの……!」
ガルドの腕に胸ぐらを掴み上げられながらも、ギャリー商会の商人はまだ折れてはいない。目を血走らせながら、まだどうにか逃げ場はないかと探している。
ガルドは一瞬シルヴィオを見て、無言で頷き、商人を地面に下ろした。
ゴンッ
「——ガハっ!!?」
商人の身体が、くの字に曲がり、膝から崩れ落ちる。ガルドの拳が、商人の腹にめり込む。いつ動いたのか、誰も視認できていない。ただ、結果だけがそこにある。
「……一度目だ。答えないのであれば、次は顎が割れる」
淡々とした声。感情はない。怒りもない。ただ、手順の確認のような声音。
床に転がった商人が、息を詰まらせながら、必死に呼吸を整える。見下してくる瞳には、温度がない。脅しでも何でもない。この男は、本当にやる。
「……っ、ぐ……」
男は歯を食いしばる。それでも、まだ口を閉ざす。シルヴィオが一度ため息をつき、ガルドが拳を鳴らす。
その時。
「ありました」
リナリアが一枚の書類を掲げる。その書類を見た商人は、痛みを感じさせない動きで這いつくばりながらリナリアににじり寄る。
商人の背中にドサッとガルドが腰を下ろし、動きを止める。
「待てよ。なぁ、リナリア、何だそれ?」
「荷物の受取人の欄に、ギルバート伯爵の名前がサインしてあります」
ギルバート伯爵、その名前にシルヴィオが目を細めた。リナリアから書類を受け取り、積荷の内容を確認する。
「女ァ!!その書類を返せ!!」
「ガルド、黙らせろ」
リナリアとエルンは、シルヴィオとガルドに視線が集中している間に、倉庫内を探し、証拠を集めていた。見つけた書類は証拠として充分だった。
「ギルバート伯爵は第二王子派の貴族の中でも中核を担っている。資金源はそこか」
「ぐっ…クソ!!」
「ギルバート伯爵が王都でアルヴェスト商会や、他の商会の積荷を監視、盗賊に連絡、そして奪った荷物をギャリー商会を通じて運ばせた。流れに間違いはないな?」
顔を真っ赤にしてガルドの下から抜け出そうともがいていた商人は、シルヴィオに淡々と説明され、力無く頷いた。証拠が出てしまっては、言い逃れはできない。
「裏付けが取れたな。次は?」
「ギャリー商会は、このまま使う」
「……あ?」
「お前は予定通り、王都へ荷物を運べ」
シルヴィオは片膝をつき、商人の髪を掴み上げ、目線を合わせる。ガルドは片眉を上げて、意外そうに呟く。
「ここまできて、まだ泳がせるのかよ」
「殿下に早馬を出す。王都側で積荷を受け取った所で証拠と共に押さえる」
拒否権は存在しない。商人は痛みと屈辱で顔を歪めながらも、逃げ場がもうないことを自覚したのか、僅かに頷いた。
「ガルド、王都まで荷物を本当に運ぶか、お前の商会から監視に人手を回せるか」
「あぁ。任せな」
「妙な動きを取れば、その場で処理して構わん」
「……わ、分かった……!運ぶ……運びます……!」
静かに告げる。脅しですらない、事実の提示。シルヴィオは商人の髪から手を離し、立ち上がる。そして背後を振り返る。
「エルン」
「はい」
「盗賊共は護衛に預けろ。まだ使い道がある」
「かしこまりました」
護衛と共にエルンは盗賊達を連れて倉庫から出ていく。ガルドは商人の背中から立ち上がり、慣れた手付きで腕を縄で拘束する。
「ガルド、もう少し付き合え」
「おう」
にやりと肉食獣のような獰猛な笑い方でガルドは頷いた。
夜も更けているが、終わりではない。シルヴィオは、まだ何かやろうとしている。他に見つけた証拠の書類をまとめて、リナリアは懐へ仕舞う。
シルヴィオはそのまま、外へと歩き出す。
「どこへ?」
「領主の所だ。軍を動かす」
「……盗賊を、討伐するんですね?」
「あぁ。第二王子派に先に動かれる前に、ここで終わらせる」
倉庫を出た瞬間、夜の冷気が頬を打った。
鉄と油の匂いが薄れ、代わりに湿った土と草の匂いが広がる。
「……第二王子派が、ここまで動いてるとは思いませんでした」
「いい加減目障りだ。終わりにするぞ」
「はい」
そのまま、倉庫の外に繋いでいた馬車に乗り込む。御者に行き先を告げ、馬車はゆっくり動き出す。
夜の街、ヴァルディア。
夜が更けるほど喧騒は大きくなる。その中心地にひときわ明るい場所がある。
ヴァルディア領主館。
石造りの高い外壁。門には武装した兵。
その前に、馬車を止め、三人は馬車から降りる。
「ガルドじゃないか。何用だ。こんな時間に」
「ちょっと急用でな。通してほしいんだが」
ガルドはこの街の商会連の会長だ。門番達とも顔馴染みがある。が、門番達はガルドの後ろに並ぶ見知らぬ二人に警戒心を露わにする。
シルヴィオは、ゆっくりと一歩前に出た。
「領主に取り次げ」
「……夜分だ。約束はあるのか」
「ヴァルクス公爵家、シルヴィオ・ヴァルクスがお目通り願いたいと、そう伝えろ」
静かに告げる。隣に並ぶガルドが、公爵家の名前に僅かに驚いたように目を見張る。門番の顔色が、目に見えて変わった。慌てて姿勢を正し、貴族に対する正しい礼を取る。
「し、失礼しました……!」
「すぐに確認を…!」
「時間がない。緊急案件だ。無礼は直接詫びよう。今すぐ通せ」
門番が、状況判断に迷い顔を見合わせるが、シルヴィオの威圧に完全に気圧され、最後は頷いた。
「は、はっ……!」
重い音を立てて門が開く。門を通り過ぎてから、ガルドが耐え切れないように小さく吹き出す。
「お前、公爵家だったのか」
「あぁ」
興味もなさそうに返す。リナリアは、そのやり取りを横目に見ながら思う。これが貴族。力の使い方が、違う。商人では、決して開けなかった扉だ。
館の中。磨き上げられた床。壁に掛けられた絵画。
だが、その静けさは長く続かない。
「夜分に何事だ」
現れたのは、ヴァルディアの領主。落ち着いた佇まいの壮年の男。だが、その目は鋭い。
「公爵家の御方が、無断で訪れるとは穏やかではないな」
室内の空気が、わずかに張り詰める。試すような視線。その空気を、シルヴィオは真正面から受け止め、一歩、前に出た。
「まずはお詫びを」
その一言に、場がわずかに揺れる。先に来たのは威圧ではなく、謝罪。リナリアとガルドもシルヴィオに合わせて頭を下げる。
「夜分の無断の訪問、ならびに手順を省いた非礼、本来であれば、然るべき筋を通すべきでした。誠に申し訳ございません」
「それで?そんな急な訪問の目的は何だね?」
「協力を」
謝罪と要求が、同じ直線上にある。室内に、わずかな沈黙が落ちた。領主は、その姿を数秒見つめ、小さく溜息を漏らす。詫びられた所で、問題事を持ち込まれたのには変わりない。
「……ほう。続けろ」
「この街に巣食う盗賊数名と、それに加担する商会を押さえました。証拠も揃えてあります」
領主の眉が上がり、鋭い視線がガルドを捉える。ガルドはビクッと肩を揺らし、怒られることを悟った表情で気まずそうに頬を掻く。
「ガルド、お前が前に話していた件だな?」
「…はい。ギャリー商会が盗賊と繋がっていました。私の監督が至りませんでした」
申し訳ありません、と続ける前に、領主の拳がガルドの脳天に落ちる。リナリアは見ていた、拳には大粒のダイヤが付いた指輪をしていたことを。
「ガルド!!だから言ったであろう!!あんな盗賊共、さっさと捕まえてしまえと!!」
「いってぇ…!その指輪で殴らないでくださいよ…!」
落ち着いたら空気が崩れ、領主はクワッと目を見開きガルドを叱りつける。その余りの変貌に、シルヴィオでさえ少し呆気に取られた。
ガルドが頭を押さえて、のたうち回っている姿を横目にシルヴィオが続ける。
「よろしいですか?」
「あぁ。続けてくれ」
「背後には第二王子派の貴族がいます」
空気が変わる。事態はヴァルディアで収まる規模ではない。リナリアが領主に証拠となる書類を差し出す。
領主はその書類を受け取り、さっと目を通し、内容を把握する。
「最近の盗賊騒ぎは、そういうことか…」
「現在、アルヴェスト商会から奪われた積荷は、証拠として王都へ運ばせています。受取の時点で押さえる手筈です」
「それで?」
「盗賊の根城も既に把握しています。この街に巣食う盗賊を、一掃致します」
「……第二王子派に討伐される前に、か?」
領主は顎に手をあて、シルヴィオを鋭い眼光で見つめる。長年領主として、貴族として第一線で動いていれば、今までの情報がどういう目的を持つのか、推測するのは容易い。
「えぇ。その通りです」
「ヴァルディアは、私の領地だ」
当然の牽制。領主とシルヴィオの間に、緊迫した空気が流れ、リナリアは思わず息を呑む。シルヴィオの、公爵家としての威圧感を目の前にしても、全く引かない。
「承知しています。だからこそ、協力を求めに来ました」
「ガルド、この男は信用出来るのか」
「長い付き合いです。この男は信用できますよ」
ガルドがシルヴィオの肩に腕を回す。ニカっと笑う姿は、この場にはそぐわないが、妙な説得力がある。領主は呆れたように肩をすくめる。
「シルヴィオ殿、貴殿は誰の指示で動いている」
「第一王子殿下の意向です」
空気が、重みを増す。領主は、即座にこの地が権力争いに巻き込まれていることを察知する。シルヴィオは領主を真っ直ぐに見つめたまま続ける。
「即時鎮圧。盗賊の討伐、および関与勢力の排除」
「拒んだ場合は?」
「反乱の意思ありと見なします」
場の空気が張り詰める。護衛達も息を呑み、状況を見守る。領主は、しばらく沈黙した。
数秒。視線を逸らさず、シルヴィオを見据える。
測っている。覚悟と、真意と、そして背負っているものを。やがて。ふっと、息を吐いた。
「……なるほど。話は分かった。我が街に巣食う盗賊を一掃してくれるというのなら。喜んで協力しよう」
「協力、感謝します」
「街を荒らす連中は、どのみち見逃すつもりはなかった。第一王子殿下に恩が売れるなら、これ以上のことはない」
敵対ではなく、共闘へ。領主が愉快そうに笑う。場が安堵の空気に包まれる。ガルドだけが笑ってシルヴィオと領主の背中を叩いた。
不思議だ。リナリアはガルドを見つめた。多分、ガルドがいなければ、この場は成立しなかった。例え、第一王子の名前を出しても、領主はシルヴィオだけでは納得しなかったのではないかと思う。
「だが、指揮はどうする」
「私が執ります」
即答。領主の目が、わずかに細まる。だが、その奥にあるのは疑念ではなく、目の前にいる若い公爵令息が、果たしてどこまでやれるか、という興味だ。
「……いいだろう。好きに使え」
リナリアは、静かに息を吐く。ここまで来た。商人としての自分だけでは、決して届かなかった場所。だが今、自分はその中心にいる。
「話が早ぇな」
「早くする必要があるからな。準備を。ガルド、お前もだ。夜明け前に動く」
命令。それでいて、自然に全員が従う声。
領主もまた、小さく頷いた。
「兵はすぐに出せるようにしておこう」
「案内は?」
「捕縛した盗賊を使う」
すでに全てが組み上がっている。シルヴィオは踵を返す。
「では、借りていきます」
それだけを残して、歩き出す。
その背中を見ながら、領主は、ぽつりと呟いた。
「……第一王子の、懐刀か」
誰にともなく。だが、その声にはわずかな愉快さが混じっていた。




