影を辿る者たち
夜のヴァルディア郊外。
街の灯りが遠くに沈み、木々の影だけが濃く落ちる森の奥。獣道すら判別しづらい場所を、数人の影が進んでいた。
先頭を歩くのは、縄で繋がれた三人の盗賊。
その後ろに、シルヴィオ、リナリア、エルン、ガルド、そして選抜された護衛達が続く。
「……こんなとこ、普通は来ねぇぞ」
「だからこそだろう」
ガルドが低く呟く。日中の陽気さは消え、目だけが鋭く周囲を見ていた。シルヴィオの返答は短い。
やがて盗賊の一人が足を止め、小声で言う。
「……この先だ」
そこから先は、全員が無言になる。木々の間に身を潜める。視界の先に、ぽっかりと開けた空間があった。
静寂。
虫の音すら遠い。どれほど待ったか分からない頃。
――ギィ……ギィ……
軋む音が、森の奥から響いてくる。
「来たぞ……あれだ……!」
盗賊が震える声で囁く。
荷馬車がゆっくりと、慎重にその空間へと入ってくる。御者は一人。それを迎えるように、反対側の影からもう一人の男が現れた。
受取人だ。
二人は短く言葉を交わしているが、距離があり内容までは聞き取れない。リナリアは息を潜めたまま、その動きを追う。
男が袋を取り出し、御者へ渡す。重みのある動き。金だ。
リナリアの視線が鋭くなる。受取人が御者と場所を入れ替え、そのまま荷馬車の手綱を握った。
「中継役ね」
「だな」
ガルドが低く応じる。元の御者はそのまま闇の中へ消え、荷馬車は別の方向へと動き出す。
しばらくして。完全に周囲から人の気配が消えた瞬間。シルヴィオが、静かに口を開いた。
「……追うぞ」
音もなく、全員が動く。距離を保ったまま、森の中を追跡する。荷は重い。鉄を積んでいるせいで、速度は出ていない。
やがて。荷馬車が完全に単独になった瞬間。
「……捕えろ」
低く、夜の闇に響く命令。次の瞬間、護衛達が一斉に飛び出し荷馬車を取り囲む。
「なっ!?なんだ!?」
御者が振り返るよりも早く、手綱を奪われ、地面に引きずり落とされる。剣が喉元に突き付けられた。
「ひっ……!!」
一瞬の制圧。無駄がない。辺りに敵の気配がないことを確認し、シルヴィオとリナリア、ガルドがゆっくりと近づく。怯えきった男は、震えながら視線を泳がせた。
「この荷をどこへ運ぶ予定だった?」
「し、知らねぇ!!俺は運ぶだけで……!」
シルヴィオが護衛に向けて手を上げる。次の瞬間。護衛の剣先が、わずかに首の皮膚をかすめ、赤い線が走る。
「ひっ……!!」
「答えろ。胴体と別れを告げたくなければな」
声は低いが、迷いがない。少しでも躊躇えば、本当に実行される。極度の恐怖に取り憑かれた男は一瞬で折れた。
「ヴァ、ヴァルディアの商会だ!!」
空気が変わる。ガルドの眉がぴくりと動く。一歩、男に踏み込もうとするのを、シルヴィオが視線で制する。
「どこの商会だ」
「な、名前は……っ、ギャリー商会だ!!そこに運び込んで……他の荷に混ぜて……王都に……!」
沈黙。
「……は?今、なんつった?」
ガルドの声が、低く落ちる。いつもの陽気な声とは違う、地を這うような低い声には、深い怒気が込められている。
一歩、踏み出す。その威圧だけで、男が後ずさる。
「俺たちの街の商会が……盗賊なんぞと手を組んだってのか?」
それは爆発する前の静けさだった。怒りで身体が震え、今にも殴り掛かろうとするガルドが、手を振り上げる前に、シルヴィオが口を挟む。
「恐らく、金で動かされている」
「……あぁ?俺たちの縄張りが荒らされてるんだぞ?」
「第二王子派の貴族から、金を受け取っている。その証拠を掴むまで、待て」
ガルドは怒りを全て抑え込むように、大きく息を吐き、そして、笑った。だがその笑みは、夜の闇よりも冷たい。
「面白ぇじゃねぇか。おい!!」
「は、はい!!」
「そのまま行け」
「……え?」
「いつも通り運べ」
ガルドの言葉に、理解が追いつかない男は、その気迫に、恐怖に震えたまま口の端を引き攣らせる。シルヴィオが補足する。
「案内しろ。その商会まで。余計な真似はするな。命は保証してやる」
「わ、分かった……!やる……やるから……!」
男は壊れた人形のように何度も何度も頷いた。
手綱が戻される。
荷馬車が、再びゆっくりと動き出す。その後ろを、影のように追う一行。
ヴァルディアの闇へ。今度は、内側へ踏み込むために。
倉庫の中。
積み上げられた木箱。鉄の匂い。油の匂い。
ランプの灯りが、仄暗い空間をぼんやりと照らしている。
「遅かったな」
奥から現れたのは、恰幅のいい男だった。一目で金を持っていると分かる、商人の装い。だが、その目は油断なく鋭い。
「……途中で少しな」
「余計な真似はしていないだろうな?」
「し、してねぇよ……!」
男は震える声で答える。商人の男は一瞬だけ視線を細めたが、それ以上は追及しない。顎で合図を送り、部下に荷を確認させる。
木箱が開けられる。中に詰められていたのは、アルヴェスト商会から奪い去った積荷。
「数は揃ってるな」
「約束の分だ」
男は懐から袋を取り出し、受取人へと放る。重い音。金貨がぶつかり合う音と共に、受取人の手に収まる。その時。
「……そこまでだ」
低く、よく通る声。空気が、凍る。商人たちが慌てたように倉庫の入り口に目をやる。いつの間にか、そこに立っていた。
黒の外套。闇よりも濃い影。
シルヴィオ、ガルド、その両脇に、リナリアとエルン。さらに背後には、静かに構える護衛達。
「なっ!?な、何だお前らは!!」
叫びと同時に、倉庫内の空気が一変する。
潜んでいた商人の護衛らしき男達が、一斉に武器へ手をかけた。
「遅ぇよ」
次の瞬間、双方の護衛達が動くより早く、影が走る。
地を踏み抜くように一歩踏み込み、ガルドが突っ込む。最前列の男の腹に拳がめり込み、そのまま背後の木箱ごと吹き飛ばす。
同時に、左右から商会の護衛が制圧に入る。武器を抜く暇すら与えない。喉元に刃。関節を極め、床に叩きつける。
「ぐっ……!」
「くそっ……!」
数秒。
それだけで、戦いは終わっていた。床に転がる男達。呻き声だけが残る。
静寂。
「……ガルド貴様!!商会連の会長とて許されない暴挙だぞ!!」
「許されないのはお前だ。俺の縄張りで何してやがる」
ガルドが商人の男の胸ぐらを掴み上げる。身につけていた装飾品が音を立てて引きちぎられる。シルヴィオが、一歩、前に出る。逃げ場はない。
商人の男の額に汗が滲む。視線が泳ぐ。
「き、貴様は、何者だ……!」
「質問は許していない」
一切の感情を含まない声音で質問を遮断し、シルヴィオは、受取人が持っていた金袋を軽く揺らし、中身を確かめる。
「……なるほど。随分と景気のいい取引だ。では、こちらから聞こう。この取引を指示しているのは誰だ」
「……っ」
沈黙。商人の男は口を噤む。だらだらと額から汗が流れ、焦りが伝わってくる。
ガルドが胸ぐらを掴む腕を強く締め上げると、恰幅のいい男が地面から浮かぶ。
「言えよ」
「この金の出所は、どこだ」
短く、命令するように。倉庫の中、完全に支配された空間で。
逃げ場を失った商人の喉が、ひくりと鳴った。




