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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第二章

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旅のはじまり

三日後の朝。


まだ陽が昇りきる前の王都は、ひどく静かだった。


ヴァルクス公爵家、門前に並ぶ二頭の馬。その傍らで、リナリアは外套の襟元を整える。


「準備は万全か」


「えぇ。問題ありません。エルンとも連携は取れています」


振り返ると、いつもの仕立ての良い服ではなく、商会で着ていたような軽装のシルヴィオが歩み寄ってくる。


「合流は予定通りか」


「はい。一泊目は通常の宿で休息。二泊目でエルンと合流します」


「……分かった」


短く頷き、シルヴィオは門の外へ視線を向けた。


「行くぞ」


「はい」


二人は馬に跨り、手綱を握り同時に馬を走らせた。蹄の音が、静寂を裂く。


王都を抜け、街道へ。


朝の冷たい空気が頬を打ち、外套が風を孕む。並走する二つの影は、迷いなく前へと進んでいく。



半日ほど走った頃。


街道から少し外れた場所に、小さな川が流れていた。澄んだ水面に、木漏れ日が揺れる。


「ここで少し休む」


「そうですね。馬も休ませましょう」


二人は馬を降り、水辺へと歩く。馬を近くの木に結び、手綱を緩め、水を与える。


やがて訪れる、静かなひととき。流れる水音だけが、周囲を満たしていた。


「……懐かしいですね」


「何がだ」


「こうして街道を走って、途中で休憩して……昔、よく視察に行きましたよね」


馬の汗を拭いてやり、リナリアは自分も汗を流すように冷たい川の水に手を入れる。

乗馬中に風で崩れた髪を結び直し、ふぅと一息つく。


「あぁ。お前が馬に押されて川に落ちた時か」


シルヴィオは昔を思い出したようにわずかに口元を緩めた。リナリアは苦虫を噛み潰したような顔でシルヴィオを見つめる。


「えっ、覚えてるんですか?」


「忘れる方が難しいな」


「あの頃はまだ馬の扱いになれてなかっただけです」


「馬は驚いただけだ」


「その、だけ、で私はずぶ濡れです」


貴族の令嬢らしくない、少女のような顔でクスクス笑うリナリアは、昔の恥を忘れるように空を仰ぐ。


「騒ぎすぎて余計に暴れていたがな」


「シルヴィオは笑っていて助けてくれませんでしたね?」


思わず声が弾む。周囲に人がいないからか、シルヴィオでさえ、珍しく表情が柔らかい。そのやり取りはどこか懐かしく、自然だった。


「楽しかったなぁ。世界は広くて、私は知らないことばかりで…野営した時なんて最悪でしたけどね」


「あぁ。全身虫に刺されて、顔まで腫れ上がっていたな」


シルヴィオは川で冷やした手巾で首筋を拭きながら、思い出したかのように笑う。リナリアはそんな柔らかいシルヴィオの表情を見るのは久しぶりだった。


「休憩は終わりだ」


「はい」


「体力は?」


「問題ありません」


空気を切り替えるようにシルヴィオが馬の首元を優しく叩く。再び手綱を取り、騎乗する。


「行くぞ」


「はい」


馬が地を蹴る。静寂を抜け、再び街道へ。




やがて、夕陽が地平へと沈む頃。


視界の先に、小さな灯りが浮かび上がった。街道沿いの中継地。旅人と商人で賑わう、夜でも眠らぬ街。


「今夜はあそこだ」


「はい」


門をくぐると、王都とはまた違う活気が広がっていた。酒の匂い、笑い声、呼び込みの声。人と情報が入り混じる、濃密な空気。


二人は馬を預けて、そのまま今晩泊まる宿に入る。


「悪いな、部屋は一つしか空いてねぇ」


大柄な髭面の店主が宿の帳簿を開きながら、気軽に言い放つ。


「……え?一部屋、ですか?」


「あぁ。この時期は人が多くてな」


「構わない。それでいい」


言い淀むリナリアを横目に、シルヴィオは即答した。他の宿も状況は変わらないであろうと言う合理的な判断だ。実にシルヴィオらしい。


「ちょ、ちょっとお待ちください!未婚の男女が同じ部屋というのは、その……」


「あんたら夫婦だろ?問題ねぇじゃねぇか」


「っ!?」


一瞬で頬が熱くなる。今までの視察で何度も雑魚寝や同室になったこともあるが、今は婚約者なのだ。同じ状況のはずなのに、意味がまるで違う。


「そうだな。問題ない」


「問題しかないですよね…!?」


「ほら鍵だ。飯はどうする?」


「別で食べる。朝だけ用意してくれ」


自然な動作でシルヴィオが一つの鍵を受け取る。リナリアは完全に思考が追いついていなかったが、動じないシルヴィオに着いていくことしかできなかった。




荷物を置いた後、身なりを整え二人は食事へ向かう。夜の街はさらに賑わっていた。


入ったのは、庶民向けの食事処。木のテーブルと、ざわめく客たち。味付けの濃そうな良い香りが漂う。情報が自然と集まる場所。


「ここでいい」


「こういうお店、久しぶりですね」


メニューを開き、いくつかおすすめを注文する。

料理が運ばれる。豪快に焼いた肉、焼き立ての白パン、そしてトマトと豆を煮込んだスープ。最近食べていた貴族の食事とは似ても似つかない。


シルヴィオは迷いなく肉を切り分け、焼き立てのパンを手で千切って口に運ぶ。公爵家の嫡男が、まさかこんな大衆食堂で食事をしているとは夢にも思わないだろう。


(本当に躊躇いがない……)


貴族でありながら、この自然さ。思わず、笑みが漏れた。


「なんだ。冷めないうちに食べろ」


「いえ、ナイフとフォークを使わなくていい食事は久しぶりだと思って」


「あぁ。煩わしいマナーがない分楽だな」


湯気が立ち昇るスープを大きな木のスプーンで掬い、一口。口いっぱいにトマトの酸味とほろほろの豆の旨味を感じる。


普段ならば出来ないが、今日はパンをスープに浸して食べることも出来る。


「美味しい!」


「味が良い。繁盛しているだけある」


一日移動して疲れた体に、温かい料理が染みる。その最中、周囲の声が耳に入る。


「またやられたらしいぞ、国境の方」


「護衛付きでも意味ねぇってよ。盗賊にしては随分統率が取れてるって話だ」


「でもおかしくねぇか?食料も金目の物も無事だってよ」


「第二王子様が討伐に動いてくれるかもしれないんだろ?」


断片的な情報。だが、十分だった。

食事を続けながら、周囲の会話に耳を澄ませる。


「……やっぱり。ただの盗賊ではないのかもしれませんね。護衛付きでも崩されるほどの統率力。それに、場所の選び方も正確…」


シルヴィオは肉を切り分けながら視線だけで続きを促す。


「もし、この襲撃が、仕組まれたものだとしたら」


思考を整理するかのように、思いついたまま言葉を紡ぐ。断片的な情報を繋ぎ合わせる。


「第二王子派は、資材を集めるだけ集めて、最後に、自分たちで討伐して、手柄にするつもりでは?」


「……続けろ」


「武器や物資を盗賊を使って集めさせる。その上で討伐すれば、治安回復の功績も、資材の流れも掌握できます。第二王子派が動く、と市民に広がっていることもおかしいです」


短い情報を繋ぎ合わせて、ここまで辿り着けるか、とシルヴィオは内心評価する。リナリアは千切ったパンを口に運ぶのも忘れたまま、思考に集中する。


「まだ仮説ですけどね…」


「だからこそ、現地を見る価値がある」


「何だか急に食事の味が分からなくなってきました」


「食え。明日も移動だ。肉も食べろ」


シルヴィオは食が進まなくなったリナリアの皿に肉を盛り付ける。いつも通りの様子のシルヴィオに、内心少し安心する。


「…こんなに食べられません」


「だからそんな細いんだ。食え」


店内の喧騒は変わらない。だが、これはただの旅ではない。


仕組まれた流れを見抜き、暴くための調査だ。


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