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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第二章

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揺るがぬ根拠

王都の喧騒からわずかに離れた、公爵家の一室。


重厚な扉が閉ざされたその空間には、外の気配は一切届かない。机の上には地図と資料が広げられ、静かな緊張が漂っていた。


シルヴィオは腕を組んだまま、机上の地図へ視線を落としている。


その向かいで、リナリアは一度だけ息を整え、口を開いた。


「移動は馬が良いかと」


「理由は」


「馬車では目立ちます。王都からの動きは、既にどこかに見られていると考えるべきです。貴族の紋章付きの馬車など、尚更」


淡々とした説明。しかし、その裏にあるのは経験に裏打ちされた確信だった。


「……続けろ」


「最速で国境まで向かうなら、馬です。人目を避けつつ移動できますし、状況に応じて経路の変更も可能です」


広げられた地図上の最短経路を指差し、リナリアは促されるまま説明を続ける。


「それと、貴族として動くよりも、今回は商会の顔を借りた方がいいかと」


「まぁ、道理だな」


「はい。荷馬車の話、襲撃の詳細、現場の噂を集めるなら、実際の現場で聞いた方が詳細な情報を集められます。それに…私もシルヴィオも、商人としての顔の方がよく知られてます」


「……合理的だな」


否定はしない。それが答えだった。

国境の街、ヴァルディアは隣国との貿易の要。シルヴィオもリナリアも、何度も現地に足を運んだことがあり、顔馴染みも多い。


「アルヴェスト商会も、おそらく監視されています。王都から直接動けば、すぐに察知されるかと」


「だろうな」


「ですので、一度王都を離れた後、別の宿で合流する形が良いかと。エルンに手配を依頼します」


「問題ない。手配は任せる。馬はこちらで用意しよう」


一通りの工程がスムーズに決められていく。必要なことはすべて出揃った。部屋の中に一瞬の静寂が落ちる。


「出立は三日後だ。準備を整えろ」


「はい」


リナリアはそっと視線を視線を落とす。地図の上に引かれた道筋。王都からヴァルディアへ続く道は、単なる移動経路ではない。


商会の時とは訳が違う。机上の議論では終わらない。見て、聞いて、判断する。商人として積み上げてきたすべてが試される。


「不安か」


「……いいえ。不安はありません。ただ…」


その声は夜の静寂に紛れるかのように静かだった。見つめてくる瞳は、別に怒っているわけでも、試しているわけでもない。ただ、案じてくれている。


「ただ?」


「私が、商会で学んできたことが正しくない、ってなったら…何だか、自分の根幹が揺らぎそうで」


「リナリア」


「はい?…わっ!」


机を挟んで立っていたはずのシルヴィオが、いつの間にか横に立っていた。そのまま腕を引かれ、シルヴィオの香りに包まれる。


ダンスの時とは違う。完全に逃げ場のない距離。一気に思考が白く塗り潰される。


「お前は、私を信じているな?」


「は、はい。もちろん……あの、シルヴィオ、距離が…」


「私も、お前を信じている」


その言葉に、思わず顔を上げる。シルヴィオの前髪が額をくすぐる。心臓だけがやけに大きく鳴っている。


こんなにも心強い言葉はあるだろうか。誰よりも信頼している人が、自分を信じていると言う。それだけで、自分自身を信じられる。


「ふ、ふふ。なら、私は大丈夫です」


「最初からそう言っている」


「シルヴィオ。私、あなたの隣に立つために、もっと頑張ります」


躊躇いがちに、リナリアの腕がシルヴィオの背中に回る。冷たいはずの濃紺の瞳の奥にある温度を、もう知っている。


「……出立まで慌ただしくなる。遅れるなよ」


「はい」


背中に回るシルヴィオの腕が、グッと一度だけ力が入り、密着する。肺から少しだけ空気が漏れる。そして、名残惜しそうに身体が離される。


「馬車を用意させる。今日は送れないが、気をつけて帰れ」


「はい。おやすみなさい」


真っ赤に染まった頬に、一度だけ手を当て、シルヴィオは踵を返しそのまま部屋を出て行った。


扉が閉まる。


シルヴィオを完全に見送ってから、リナリアはソファーに座り込む。遅れて、熱が押し寄せる。


ずるい人。今まで何度思ったことだろう。馬車が用意されるまでに、顔の熱が引けばいいのに。


こんな風に心を揺らされて、それでも前を向かされる。奮い立たせる言葉を、あの人はよく知っている。だからこそ。応えなければならない。


最後にもう一度地図を一瞥し、心を定める。


見えない誰かが仕組んだ流れを、暴くために。



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