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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第二章

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現場を知る者

パーティーを終え、屋敷に戻った時には夜も更けていた。


パーティーから戻ったばかりのリナリアは、ドレスを脱ぎ捨て、コルセットを外し、ようやく自室のソファーに腰を下ろして身体を深く沈み込ませた。


ずっと張り詰めていた気が、ゆっくりとほどけていく。


その時、部屋の扉が控えめにノックされる。ゆっくりと顔を上げる。


「どうぞ」


「おかえりなさい」


「カメリアお姉様…ただいま戻りました」


「……よくやったわね」


カメリアはトレーの上に湯気が立ち昇るカップを二つ乗せ、音を立てずに静かに部屋に足を踏み入れる。


いつもの凛とした佇まいのまま、けれどその瞳には、確かな優しさが宿っている。


カメリアはリナリアの身体を揺らさないようソファーに腰を下ろし、そのままリナリアの頬にそっと触れる。


「全部聞いたわ。……本当に、よく頑張ったわ。感情に流されなかった。あのレイナード公爵夫人様からも認められるなんて、すごいことよ」


「まだまだ、お姉様の足元にも及ばない…レイナード公爵夫人のことも、次の機会を頂いたにすぎないわ」


「でも、あの男爵令嬢のことはきちんと抑えたのでしょう?」


姉の口から出た聞き慣れない言葉に、思わず、ふふと笑みが溢れる。シルヴィオとの特訓の際は敬語で話していたが、普段通りの姉妹の距離感に戻る。


「えぇ、最後はレイナード公爵夫人様に叱られて、何も言えず去っていったわ」


「レオン様もシルヴィオ様相手では勝ち目はないわね」


「えぇ、何も言えずに震えていたわ。でも」


このくらいで、終わりにしない。今日のは偶発的な出来事を、たまたま処理しただけだ。

エリシアを追い詰めるのは、もっと計画を練ってから、しかるべき場所で行う。


「まだよ。お姉様にしたことを思えば、あれでは何の傷にもならない」


「…ありがとう、リナリア」


「お姉様のおかげで、乗り切れたの。お礼を言うのは私の方よ」


「ふふ、沢山頑張ったものね」


脳裏に蘇る地獄のような訓練。カメリアが持ってきてくれたホットミルクにそっと口をつける。じんわりと身体の奥まで温かさが広がる。


「まだまだ序の口だもの…もっともっと頑張らないと」


「シルヴィオ様の隣に並ぶために?」


「…えぇ」


自分より遥か先まで盤面を読んでいる婚約者が脳裏に浮かぶ。果たしてどこまでがシルヴィオの計画の内で、リナリアの行動はどこまで読まれているのか。分からないけれど。


「厳しい人ね。でも、あなたをよく見てる」


「助けられてばかりよ……あの人の隣を、自信を持って歩けるようになりたい」


「リナリア、シルヴィオ様が好きなのね」


どこか確信を持って放たれた言葉に、ホットミルクを飲む手が止まる。自分では気付かないようにしていた気持ちを、はっきりと形取られる。


「……まだ、分からないわ。だから、知りたいの」


「あら。でも、そうね、自分で気づくことも大切よね」


悪戯っ子のように微笑んだカメリアは、リナリアの頬に当てていた手を背中に回し、そっと抱き寄せる。


「私の大切なリナリア。本当に、よく頑張ったわ」


優しく、何度も髪を撫でられる。その手の温もりに、そっと身体を預ける。嗅ぎ慣れたカメリアの香りが、全身を包み、気持ちを奥深くまで解してくれる。


「っ…!」


「あなたはもう、守られるだけの子ではないのね。誇りに思うわ、リナリア」


その一言が、何よりも嬉しかった。


「ありがとう、お姉様」





数日後。


王城の回廊は、静まり返っていた。

高い天井と、磨き上げられた床。足音がやけに響く。城内の案内役に連れられ、荘厳な扉の前に立つ。


「…こちらでございます」


「ありがとうございました」


貴族の令嬢として丁寧に礼を取り見送り、手にした書類を見下ろしながら、リナリアは小さく呼吸を整える。


案内されたのはシルヴィオの執務室。


事の発端はリナリアが公爵家に訪れた際に、シルヴィオが至急の案件があると呼び出された。そのまま公爵家で花嫁修行するはずだった。そこでヴァルクス家の執事にどうしてもと頼まれて、のこのこと王城にまで来てしまった。



が、忘れ物を届けるだけ。扉を叩き、許可を得て中へ入る。

足を踏み入れた瞬間、空気が違う、と理解した。室内には、シルヴィオと数名の部下。そして。


「やぁ、リナリア嬢。久しいね」


「アルベリク殿下!お久しぶりでございます。突然の訪問、大変申し訳ございません。すぐに退出いたしますので…」


「構わないよ」


自然と背筋が伸びる。部屋の一番大きな机の前にアルベリク第一王子が座っていた。リナリアを見ると軽く手を上げて応える。


(……長居は無用ね)


リナリアは静かに歩み寄り、シルヴィオへ書類を差し出す。


「お忘れ物です」


「お前が来たのか」


「えぇ。では、失礼いたします」


「待て」


やり取りを最小限に済ませ、足早に去ろうとしたその背を、低い声が止めた。シルヴィオが、机の上の膨大な書類の中から一つを手に取っていた。


「ついでだ。これを読め」


説明はない。ただ差し出される。シルヴィオの部下であろう男たちから驚きの視線が向けられる。


「……承知いたしました」


受け取り、その場でページを開く。食糧生産量、各地の備蓄、輸送路、損耗率。目が走る。情報を拾い、繋ぎ、組み上げる。商会で働いていた時の情報とも照らし合わせて、脳内で補完する。


ページをめくる音だけが、静かな室内に響く。


「読み終えました」


顔を上げる。わずかな沈黙。部下の一人が、露骨に眉をひそめた。


「……ずいぶんと早いな」


疑いの色。本当に理解しているかが疑問なのだろう。当然だ、とリナリアは思う。シルヴィオはそんな部下たちの様子を気に求めず、口を開く。その中でアルベリクだけが面白そうに目を輝かせる。


「では問う。この場合、どの輸送路を使うべきだ」


「北西の山間路を避け、南の街道を主軸に再構築すべきです」


リナリアは参考にした資料のページを開き、シルヴィオの机に置く。周囲にいた部下たちが近寄り、リナリアの案に疑問を呈する。


「遠回りになりますよ」


「えぇ、輸送日数が増えるし、効率も悪い。王道の山間路を使うべきです」


「現在は使えませんわ。北西の山間路は、先月の土砂崩れで通行制限がかかっています」


室内の空気が、わずかに変わる。リナリアはただ淡々と説明する。シルヴィオは黙って続きを促す。


「道幅は普段の半分ほどと狭く、馬車がすれ違えない為、実質的に流通が滞っています。冬に備えて早めに北に物資を送るならば、そんなところで足止めをされるより、南の街道を使うべきです」


「……なぜ、それを」


「以前、商会の物資もそこで停滞しましたので、現地にて確認しております」


大したことでもないように、さらりと告げる。王都に集まる情報はどうしても遅れる。現地で見た人間の言う事ほど正しい情報はない。


シルヴィオが、さらに問う。


「では、南の街道の問題点は」


「確か、盗賊の出没率が上昇しています。山間路から迂回してくる荷馬車に目をつけていますね。ただ、護衛の再配置と中継地点の調整で、もっと早く運べると思います」


完全に、商人の思考だった。数字ではなく、現場で、合理的な判断を下す。シルヴィオは満足そうに頷き、部下たちの顔を見渡す。


「お前たちは机上の数字だけで判断を下しすぎる。そこで判断を誤れば、被害が出るのは民だ。忘れるな」


「は、はい…!」


「……なるほど」


アルベリクが立ち上がり、シルヴィオの机まで歩み寄る。出過ぎた真似をしてしまったのではないかと内心冷や汗を流すリナリアを見下ろし、微笑む。


「面白い。あの資料を読んだだけで、その判断が下せるのは、現場をよく知る証だ」


「ありがとうございます、殿下」


「お前たち。リナリア嬢が商会出身なのは口外禁止だ」


第一王子直々の命令が破られることはないだろうが、シルヴィオの婚約者が商会出身の貴族という事実に、部下たちは戸惑ったようにリナリアを見つめた。



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