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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第一章

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社交界へ


王都、夜会会場へと向かう馬車の中。


揺れは穏やかで、だがリナリアの胸の内は静かではなかった。

向かいに座る男、シルヴィオの正装姿に、視線が引き寄せられる。


深い黒を基調とした礼装は、無駄を削ぎ落としながらもひと目で最上級と分かる仕立て。肩から背にかけての線は鋭く、ただ座しているだけで圧を生む。


胸元に輝くヴァルクスの紋章。

光を受けても沈むようなその色は、彼の濃紺の瞳と同じ深さを宿していた。手袋越しの指先ひとつにすら隙がない。


(……かっこいい、なんて)


場違いな感情が浮かび、リナリアは慌てて目を伏せた。


「緊張しているか?」


「……していないと言えば嘘になります。ですが、覚悟は出来ています」


まっすぐに、シルヴィオを見る。この日のために積み重ねてきた時間。立ち振る舞いも、視線も、言葉も。何度も繰り返したダンスも。


すべてを、ここで無駄にはしない。


「そうか」


短く、肯定する。そして、シルヴィオの指先が化粧を崩さないように顎に触れ、軽く上げられる。視線が絡む。


「シルヴィオは、緊張していますか?」


「すると思うか?」


「いえ、全く…」


その自信が羨ましい。今日の為に仕立てたドレスは、屋敷を出る前に両親と姉が惜しみなく褒めてくれた。それでも、心がどうしても静まらないのは、着慣れない重み、制限される動き、飾られた自分に、心が追いついていないから。


「リナリア」


「はい」


「安心しろ、綺麗だ」


その一言で。

胸の奥に渦巻いていた不安も緊張も、すべてが吹き飛んだ。驚くほど、静かになる。むしろ違う意味で心臓が暴れ出す。


(……ずるい人だ)


会場に着くまで、リナリアはただひたすら顔の熱を抑えることに集中した。




王都、夜会会場。


眩い光に満ちた大広間の入口に、一台の馬車が滑り込む。馬車の扉が開いた瞬間、ざわめきが走る。


「……来たぞ」


「あれは……ヴァルクス公爵家の紋章……」


「社交界に復帰するという噂はやはり本当だったか」


シルヴィオ・ヴァルクスの名が、波紋のように広がる。長らく表舞台から姿を消していた公爵家嫡男。


その帰還は噂になっていた。

だが、実際に姿を現したことで、それは確信へと変わる。



先に降り立ったのは、シルヴィオ。

無駄のない所作で地に足をつけた瞬間、空気が変わる。見えない圧に押されるように、周囲の貴族たちがわずかに距離を取った。


誰もが理解する。この男は、この場の誰とも格が違うと。


そして、シルヴィオは振り返り、手を差し出した。


「リナリア」


その声に導かれ、白が現れる。

ゆっくりと馬車から姿を現した瞬間、ざわめきの質が変わった。


デビュタント用の白いドレス。


余計な装飾を削ぎ落とした一着は、着る者の存在そのものを際立たせる。柔らかな布が光を受け、静かに揺れるたびに視線を奪う。


透けるような白い肌。細く伸びた首筋。流れる黒髪は艶やかに光を返し、わずかな動きで場の目を引き寄せる。


そして、翡翠の瞳。揺れている。だが、その奥にある意志は強い。


胸元には、深い濃紺の宝石。隣に立つ男と同じ色。


正体が分からないからこそ、視線が集中する。

だがシルヴィオは一切意に介さず、自然に彼女の手を取り、歩き出した。


パーティー会場の扉が開かれ、リナリアは正面を見据えて歩き始めた。



「……あの令嬢は誰だ」


「見たことがない……」


「シルヴィオ様がエスコートしている……?」


人の流れが、自然と割れる。

二人は人混みと喧騒の中を迷いなく進み、ある人の前で止まった。


シルヴィオが一歩進み、礼を取る。


「第一王子殿下」


その声で、周辺の場が静まり返る。

アルベリクはゆっくりと振り返り、会場中の視線が集まる二人と向き合った。


「……戻ったか、シルヴィオ」


「ご無沙汰しております」


「随分と、待たせてくれたな」


アルベリクは旧き友の帰還を心から喜び、シルヴィオの肩を軽く叩いた。そして、シルヴィオは隣へと手を差し向けた。


「殿下にご紹介したい女性がおります」


「お前が、か」


「はい。私の、婚約者です。リナリア、挨拶を」


その一言で、空気が変わる。

シルヴィオに促されるまま、リナリアが一歩進み、すべての視線が集まる中、優雅に礼を取る。


「お初にお目に掛かります。ローデリア侯爵家、リナリア・ローデリアと申します」


名乗った瞬間。空気が、弾けた。一気に動揺が伝播していく。


「……ローデリア家だと!?」


「そんなはずは……!」


「ローデリアにはカメリア嬢しかいなかったはずだ!」


「妹がいるという話は……聞いたことがあるが……」


「では、あれが……!?」


疑念と驚愕が入り混じる。

そのざわめきを制するように、アルベリクはよく通る声で続けた。


「顔を上げよ」


リナリアは従う。翡翠の瞳が、まっすぐに王子を見据える。


「なるほど。ローデリアの名に恥じぬ覚悟を、その目に見た。社交界へ踏み出すその第一歩を、王家として祝福しよう」


アルベリクはわずかに間を置き、優雅に、そして不敵に微笑む。


「そしてヴァルクス公爵家とローデリア侯爵家の縁が結ばれたこと、王家として正しく認めよう」


その瞬間、パーティー会場は異様な熱気に包まれた。それは歓声ではない。理解による震えだった。


「ヴァルクスと……ローデリアだと!?」


「婚約……!?」


「そんな!!勢力が動くぞ!!」


誰もが理解する。これは単なる挨拶ではない。単なる婚約でもない。貴族社会の均衡が、動いた瞬間だと。


無数の視線。だが、リナリアはもう震えない。


隣にいる。腕に触れる、確かな存在。


(……大丈夫)


翡翠の瞳は、まっすぐ前を見据えていた。

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