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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第一章

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白と紺の誓い


奥の部屋は、母の言う通り準備が整っていた。

壁際に整然と並べられた布地。光を柔らかく反射する上質な絹、繊細な刺繍のレース、色ごとに揃えられた糸見本。中央には採寸台が用意され、仕立て屋が控えている。


既製品は一つもない。すべてが、この場で仕立てるためのものだった。


「さあ、リナリア。こちらへ」


「え、あの、早すぎませんか…?」


「デビュタントなのよ?準備なんて早ければ早いほどいいわ。色は白って決まっているけれど、あなたに一番合うものを作りましょうね」


リナリアが固まっているその間にも、カメリアはすでに布地を手に取っていた。


「お母様、こちらのシルク、とても綺麗ですわ。光の出方が柔らかくて」


「本当ね。リナリアの髪色なら、少し温かみのある白の方が似合いそう」


「でしたら、このレースを重ねたらどうかしら。主張しすぎず、上品にまとまりそうですわ」


楽しげに交わされる会話。自然と形が決まっていく。リナリアはそのやり取りを見ながら、ふと小さく息を吐いた。


社交界に出ないと決めていた自分には、本来必要のなかった時間。それでも、目の前の光景はどこか柔らかくて、温かい。


「リナリア様、失礼いたします。採寸をさせていただいてもよろしいでしょうか」


「あ、はい。お願いします」


「恐れ入ります。腕を少しお上げいただけますか。背筋を少しだけ伸ばしていただけますと、より正確に測れます」


「はい」


二人の仕立て屋がリナリアの前後に立ち、淡々と、しかし丁寧に採寸を進めていく。


「スカートの広がりはいかがなさいますか?」


「広げすぎない方がいいわね。リナリアは縦のラインが綺麗だから」


「ええ、すっきり見せた方が品が出るわ」


母とカメリアが即座に答える。二人は楽しそうに布地をリナリアに当てて、詳細を詰めていく。

シルヴィオは部屋の壁際に立ち、静かに、しかし一切目を逸らさずにその様子を眺めていた。


「かしこまりました。その方向でお仕立ていたします」


「あなたには、中々ドレスを仕立ててあげる機会がなかったから、楽しみね」


「…はい。ありがとうございます。お母様」


流れるように決まっていく仕様。気付けば、大まかな形はほぼ固まっていた。


やがてアクセサリーが運ばれてくる。

白い布の上に並べられたそれらが、控えめに光を宿している。


「ドレスがシンプルになる分、どこかで印象を作りたいわね」


「ええ、でも重すぎるのは避けたいですわ。リナリアには軽やかさが合うもの」


二人がピアスやネックレス、ヘアアクセサリーなどを選び、比べ、また置く。その様子は完全に楽しんでいるそれだった。


(……楽しそう)


眺めていると、自然と肩の力が抜ける。


「これを」


そのとき。それまで動かずに様子を見ていたシルヴィオが音もなくリナリアの後ろに立つ。

低い声が耳元に落ちて、力が抜けていた肩がビクッと揺れる。


差し出されたその手にあったのは、一つのネックレス。

細い鎖の先に、深い紺色の石が一粒。夜のように濃く、静かな光を内側に宿している。


その色は、見間違えようがなかった。


(……同じ色)


シルヴィオの瞳と、まったく同じ色。

隣に立てば、それだけで関係を示すような、そんな意図がはっきりと感じられる。


「……綺麗」


思わず零れる。

シルヴィオは何も言わず、そのアクセサリーを手に取った。首元に、ひやりとした感触。静かに留め具が留められる。鏡に映る自分の姿。


白の仮布に、深い紺の一点。その対比が、思っていた以上に強く印象を残す。


「これでいい」


シルヴィオは表情も変えず短く言い切る。母とカメリアもふふ、と笑い柔らかく微笑んだ。


「ええ、とても良いわ」


「本当に。並んだらすぐに分かるわね」


婚約者だと。言葉にしなくても伝わる組み合わせだった。


一通り決まったところで、母がふと思い出したように口を開く。


「そういえば、リナリア」


「はい」


「貴族のマナーは問題ないわね?」


優しいけれど、有無を言わさない母の笑顔に、少しだけ視線を逸らす。


「一通りは……」


「何を言っているの。すべて叩き込んであるでしょう?」


否定できない。

幼い頃から教え込まれてきた作法。立ち居振る舞い、言葉遣い、そしてダンス。

商人として生きると決めた後も、いつ貴族に戻っても困らないようにと、母は時間の許す限り教え込んでくれた。


「ちょうどいいわ。シルヴィオ殿と踊ってみなさい」


「……はい?」


「パーティーでは必須よ。確認しておきましょう。それに、覚えてるだけと、実際に人に見せることは別物よ。ね、カメリア」


「えぇ。その通りです。それに、人に見られることに慣れた方がいいわ」


後ろにいたシルヴィオも、静かに頷く。

そうだ。この社交界デビューは、私一人の問題ではない。私の立ち振る舞い一つが、家だけでなく、シルヴィオの評価に繋がるかもしれない。


後ろから差し出された手に、覚悟を決めて手を重ねる。その瞬間、軽い力で手を引かれ、自然と立ち上がる。


「来い」


部屋の中央まで進み、距離が一気に縮まる。

腕が回され、姿勢が整えられる。正しい位置。分かっているのに、頭が追いつかない。


「……お手柔らかに、お願いします」


「始めるぞ」


シルヴィオはそのまま一歩踏み出した。無駄のないリード。迷いがない。足が自然と動く。次の一歩へと導かれる。


必死に覚えていたステップをなぞる。視線を上げると、すぐ近くにある深い紺。ネックレスと同じ色。


「集中しろ。前を見ろ」


その一言で、崩れかけた動きが整う。導かれるままに踊るうちに、形になっていく。この人は、踊ることまでスマートで、出来ないことなんてないのだろうか。


「……できている」


短い言葉。それだけで、胸が強く鳴る。やがて自然に動きが止まる。


手が離れた瞬間、張り詰めていたものが一気にほどけた。


「……無理です……」


乱れた息を整えながら、小さく漏らすと、カメリアは楽しそうに笑い、母は満足そうに頷いた。


「きちんと踊れていたじゃない」


「ええ、問題ないわね」


「本番でも支障はない」


シルヴィオの一言が重なる。


リナリアは何も言えず、その場で息を整えながら、ただ胸の奥に残る感覚を持て余していた。


さっきまでとは違う高鳴りが、静かに続いていた。

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