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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第一章

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挨拶


王都、ローデリア家本邸。


門の前に馬車が止まり、リナリアは中から降り立ったシルヴィオに、小さく息を呑んだ。


目の前に立つ男が、いつもと違う。


シルヴィオの瞳と同じ濃紺の正装。

一切の無駄を削ぎ落とした仕立ては、見る者に否応なく格を突きつける。

商人として数多の品を見てきたリナリアだからこそ、その質の高さが痛いほど分かった。


(……これが、公爵家)


商会で見てきた彼にも圧はあった。だがそれとは別種の、抗いようのない上位の存在感。


しばらく見つめたまま固まっていたリナリアは、はっとして頭を下げた。


「お待ちしておりました。父と母が、屋敷でお待ちです」


「ああ」


短く応じたシルヴィオは、自然な所作でリナリアの腰に手を添える。


「……っ」


慣れない距離に、一瞬体が強張る。

だがそのまま、逃がさないように軽く引き寄せられた。


「行くぞ」


有無を言わせない声音。

そのまま歩き出すシルヴィオに導かれ、リナリアは半ば流されるように足を進めた。


玄関では侍女たちが整列し、深く頭を下げる。

その視線の重さが、誰を迎えているのかを物語っていた。



応接室。


扉が開かれた瞬間、室内の視線が一斉に向けられる。


父、母、そしてカメリア。


シルヴィオが一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。

迷いなく三人の前へ進み出ると、その場で静かに頭を下げる。


「まず、謝罪を」


低く、よく通る声。その一言に、三人の表情がわずかに揺れる。リナリアもまた、息を呑んだ。


「私の弟が関わった件で、ローデリア家、そしてカメリア嬢に損害を与え、名誉を著しく損なう結果となりました。ヴァルクス公爵家の者として、そして当事者の家の長子として、深く詫びます」


完璧な謝罪だった。形式ではない。立場でもない。責任を引き受ける者の、まっすぐな謝罪。

公爵家の人間が、侯爵家にここまで頭を下げる意味を、誰もが理解していた。


リナリアの胸が、ぎゅっと締めつけられる。


(……ここまで、してくれるの)


ただの婚約ではない。

これは、筋を通すための場だ。その覚悟が、はっきりと伝わってくる。


頭を下げたまま、シルヴィオは続けた。


「……それでも、このような状況にも関わらず、再び縁を結んでいただいたこと、ヴァルクス家として、感謝します」


静かで、余計な飾りのない言葉。公爵家が頭を下げる意味。その一言に含まれる重みは、誰にでも伝わる。


謝罪だけでは終わらせない。関係を断ち切るのではなく、繋ぎ直す意思。それを、公爵家の長子として明確に示していた。


ローデリア家当主である父は、一瞬言葉を失い、すぐに姿勢を正した。


「……顔を上げてください、シルヴィオ殿。事情は、こちらも理解しております。すべてがあなたの責ではない」


言葉を紡ごうとして、わずかに飲み込む。

名誉も、娘も、傷つけられたのは事実だ。

だが、それ以上に、今この場で公爵家が頭を下げたという意味は重い。

母はその沈黙を引き取るように静かに口を開いた。


「それでも、こうして正式に足を運び、謝罪してくださったこと……ローデリア家として、誠意を受け取りましょう」


「感謝します」


その言葉に、シルヴィオはゆっくりと顔を上げる。

短く、それだけ。けれどその一言に、無駄な感情は一切ない。


「シルヴィオ様」


「カメリアお姉様…?」


それまで黙っていたカメリアが、何かを決意したかのように顔を上げ、真っ直ぐにシルヴィオを見つめた。


「わたくしは、リナリアには自由に生きて欲しかった。商会で働くリナリアは本当に楽しそうで、そのまま、自分のしたいことを、続けて欲しいと、そう思っておりました」


言葉が、詰まる。

悔しい。自分のせいで、本来なら遠ざけるべきだった場所へ巻き込んでしまった。


それでも、リナリアは自分の意思で、選択した。ならば、その選択を信じ、託すことこそが、大切な妹に対して唯一出来ること。


「……リナリアを、託すに足る方だと、信じてもよろしいのですか」


静まり返る室内。その問いの意味を、誰もが理解していた。


ヴァルクス公爵家を。

そして、目の前の男を。

シルヴィオは一瞬だけ目を細め、迷いなく、言い切る。


「当然です。今回の件、必ず収束させる。カメリア嬢の名誉も、元通りにすると、約束しましょう」


静かで、断定的な声音。その中にある確信は、誰の目にも明らかだった。カメリアは、詰めていた息を吐き、小さく頷いた。


「……お願いいたします」


静かに落ちた言葉。

その一言に、これまで抱えていたものが滲んでいた。

シルヴィオはわずかに頷くだけで応じる。


それで十分だった。それ以上の誓いは、言葉ではなく結果で示す。そういう男だと、誰もが分かる。そして、父が改めて口を開いた。


「……では、本題に入りましょう。今回の婚約についてですが、これは家同士の結びつきであると同時に、現在の情勢を踏まえた判断でもある。第二王子派との対立は、すでに表に出始めている。リナリアがその渦中に入ることになるのは避けられない」


並び立つリナリアとシルヴィオ交互に目線をやり、その上で、と続ける。


「……父としては、娘には穏やかに生きてほしかった。だから、貴族としては異例ですが、商人としての道を認めました」


ほんの一瞬だけ、父親の顔になる。だがすぐに、侯爵家当主としての表情へ戻った。


「それでも、この子が自ら選んだ道だ。止める理由はありません。だからこそ、問います。ヴァルクス公爵家の嫡男としてではなく、一人の男として、娘を守れるのか」


空気が、張り詰める。試すような問い。だが、必要な確認だった。

貴族の中枢に入るということは、それほど覚悟の必要なことだと、誰よりも父が、身をもって知っている。

シルヴィオは一切表情を変えず、ただ一言。


「守ります。貴族社会の中枢であろうと、商会であろうと、関係ない。リナリアが立つ場所は、すべて私の管轄だ」


淡々としているのに、有無を言わせない。その言葉に、母がふっと小さく息を吐いた。そして、柔らかく微笑む。それは、娘を信じる覚悟を持った、強い母としての微笑みだった。


「……頼もしいこと。リナリアは、病弱ということにして表に出てこなかった子です。急に社交界に出れば、好奇の目にも晒されるでしょう。それでも、この子はきっと顔に出さないで耐えるわ」


だから、と続ける。


「どうか、その全てから守ってあげてください」


その願いに、シルヴィオはわずかに視線をリナリアへ向けた。


「誓いましょう」


シルヴィオの返答に、父と母、そして姉は静かに頭を下げた。その姿にリナリアは胸の奥がじわりと熱くなる。自分が家族を大切に思っているように、家族もまた、自分を大切に思ってくれていたのだと、気付けたから。


張り詰めていた空気を切り替えるように、母が軽く手を打った。


「さて、堅い話はここまで。次は楽しい話にしましょう。デビュタントのドレスを決めないとね」


「え……?」


あまりにも急な話題転換に戸惑うリナリアに構わず、母はにこやかに微笑み立ち上がる。


「仕立て屋ももう呼んであるの。さあ、こちらへ。シルヴィオ殿も、どうぞご一緒に」


「……え?」


母があまりに自然に誘うものだから、思わず固まる。シルヴィオは満更でもない顔をして頷いている。


「婚約者なのだから、見る権利はあるでしょう?」


「問題ない」


即答するシルヴィオ。


(問題しかありません……!)


心の中でだけ叫びながら、リナリアはそのまま奥の部屋へと連れて行かれた。







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