表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体を薪に、兵士よ進め  作者: かきあつ
前線奪還戦
29/32

臆病者には死を

 

 突然銃口を向けられた仮説中隊の皆は、飲み込めていないようで目を白黒していました。


 今にも引き金を引きそうな剣呑な雰囲気に、周囲の兵士達も固唾を飲んでいました。

 僕は咄嗟に駆け出し、NKVDと中隊との間に割って入りました。


ーちょっと待て。何故、俺たちに銃を向ける。理由は何だ。


「貴様らは脱走兵だ。脱走兵は銃殺と決まっている」


 少佐の声でした。張った声でしたが、中身の伴わない空虚な声でした。


―脱走などしていない。皆、ここにいるじゃないか。


「今ではない、先のドイツ軍が強襲を仕掛けてきた時の罪だ」


ーは。


 間抜けな声を出しました。僕がいた塹壕をドイツ軍に奪われた時のことを言っているのです。


ー塹壕を奪い返しただろうが。多大なる犠牲を払って。


 噛み付くように叫びました。


ーこの身を持って罪はすすいだはずだぞ。


 ですが、少佐は冷淡な視線を向けると


「兵士としての責務を果たしただけだ。脱走の罪は消えん。死んで償え」


 吐き捨てるように言われました。仲間の死を軽く言われてひどく腹立たしく思いました。


「戦死する栄誉を与えてやったというのに、むざむざと生き延びよって」


 先の奪還戦で僕たち中隊が派兵されたところは前線の最奥でした。最も敵兵が集中する箇所で、他の友軍が塹壕を占拠するまで敵兵の攻撃を引き付ける役目でした。死ぬ役目でした。

 どうせ死ぬならば、殺す予定の兵士を置いておこうという考えでした。

 もしかしたら、死に方くらいは選ばせてやろうという温情があったのかもしれません。


ー指示はどこから出ているんだ。上官と話しをさせてくれ。


 ここで同じように話していても碌なことにはなりません。今にも撃ちそうな雰囲気でした。

 兵士は軍の所有物で、管轄をしているのが将校たちです。その将校達に話を通さずに処刑を執行するのは越権行為です。

 仕事に例えて言うならば、いきなり他所の部長からクビの通告をされるようなものです。


ーここは戦場ではない。軍法会議も無しに処刑する利点はないだろう。ましてや、俺たちはあんたの直属の部下ではない。踏むべき道を踏まずにいきなりの刑罰では少佐にもその上官にもあらぬ誤解が降りかかるぞ。


 熱を持つ頭とは裏腹に、弁舌はたちました。

 本来、戦犯への罰を下すのならば、憲兵が綿密な調査を行い、軍法会議の場で申し開きの機会があるものなのです。

 また、僕たちの直属の上司は師団長、その上は旅団長となっているのです。

 ならば、ひとまずは軍本部へと脱走の疑いありと報告し、師団長から旅団長を通じて説明を求めるのが筋というものです。

 いくらなんでも、いきなり銃殺というのは無体を通り越して、理不尽というものです。


 少佐は威圧をするでもなく、小馬鹿にするでもない口調で、広場全員に聞こえるような大声を発しました。書面に書かれた文面を読んでいるような立板に水でした。


「忘れたのか。NKVDは書記長直属だ。常非常問わず従軍免脱に罰を下すことが許可されている」


 全身から力が抜けるような感覚に陥りました。

 あぁ、こうして話していてわかりました。彼らにとってあの場で僕たち脱走兵を殺すのが最善だったのですね。

 まともな将校ならば僕たちの罪は奪還戦の功績で恩赦にしていたでしょう。ですが、それは脱走兵に許しの機会があると兵士たちに思わせてしまいます。

 逃げ切れれば幸運、万が一、捕まろうとも功績さえあれば許される、となってしまいます。

 抜け道のある罰則に意味はありません。


 あの場で僕たちの刑を執行することで、逃亡兵の末路を知らしめようとしたのでしょう。


 ずいと銃口で胸を小突かれました。それは下がれという意味でした。追い立てられるようにして、僕たちは背後の壁まで下がりました。


 罪人の銃殺刑をする時のように、横一列に並べられました。逃げることは叶わず、隊長の号令一つで弾丸が僕たちを殺すでしょう。

 死の覚悟は常にしていましたが、それは生きる事を諦めていたわけではありません。ですから、必死になって口を動かしました。


 話している人間を殺すことは不思議とできないものです。

 末期の言葉と思えば情が湧くのか、最後まで話を聞いてやろうという気になるのです。

 とはいっても、理屈が通じる相手ではありませんし、情にほだされるような人間でもありません。


 それでも僕は、少した待てを、と声を荒げ、作戦の本部が置かれている集会所に向けて声を張り上げました。


―師団長閣下、聞こえておりますか。お話を聞いていただけませんか。よいのですか。これで。軍に捧げた命ですが、これではただの無駄死にではありませんか。どうか今一度、ご再考をお願いいたします。


 あらんかぎりの声を出し、周囲の喧騒をかき消しましたが、本部からは何も反応はありませんでした。

 聞こえていないわけはありません。ただ、それほどまでにNKVDの権力が高かったのです。

 奪還作戦前に少佐の一声で、僕たちの参戦が許されたのも納得がいきます。


 本部からの応答がないことがわかると、最後に僕は少佐に向かって頭を下げました。


―どうか、どうか皆を殺すのだけはやめてくれませんか。


 本当の英雄だったら自分の命を差し出してでも部下の助命をするところですが、僕はまだ死ぬわけにはいかなかった。

 今、死んでしまったらあの世で死んだ仲間に何も与えられるものがありませんでしたから。

 いきなり少佐に足蹴にされました。蹴り倒され、つばを吐かれました。


「この恥知らずめ。臆病風に吹かれた畜生が」


 罵詈雑言を浴びせられ、何度も何度も蹴りつけられました。口の中が血の味が広がりました。

それでも何度も僕は懇願しました。少佐の足に縋りつくようにして、許しを請いました。

 はたから見ればとても情けない姿だったと思います。それが火に油を注いだらしく、より一層、猛烈に暴力を受けました。


 何度も足蹴にされ、意識が朦朧としていき、言葉を考えて発することが難しくなっていきました。

 次第に、頭の中の言葉よりも胸の中にわだかまっていた思いが口から流れ出てきました。


ー死ぬのが誉じゃないぞ。命を賭ける値打ちのある戦いをしろ。納得のいかない死はただの犬死にだぞ。


 少佐に対する抗弁ではありません。その後ろにいる兵士たちに向けた言葉でした。

 死ぬつもりはかけらもありませんでしたが、もしやということもあるでしょう。

 たとえ、ここで命を落とすとしても、何かを伝えておかなければ死ぬに死にきれないと思ったのです。

 銃床でこめかみを殴りつけられました。

 痛みよりも冷たさが脳を突き抜け、わずかに遅れて熱を感じました。

 それでも僕は口を止めませんでした。


ー何にでも死ねばよいなどと思うなよ。それは覚悟ではなく、逃げだ。逃避だ。人間ならば、戦い続けろ。己が真から納得のいく死場所を見つけるまでは、死なずに敵を殺せ。 


 何度も殴りつけられました。立ち上がれば殴り倒され、地面に転がっては足蹴にされました。

 より苛烈に罵詈雑言を浴びせられ、非国民だ敗北主義者だとも言われました。それでも、兵士たちへの言葉はやめませんでした。


 やがて、強かに殴り飛ばされ、立ち上がることも言葉を紡ぐことも出来なくなりました。

 朦朧とする意識の中で、少佐の姿が見えました。銃口を僕に向けて照準を合わせています。その視線が僕とぶつかりました。

 氷のように生気を感じさせなかった瞳に、わずかに色が宿っていました。 まるで、この世ならざる何者かを見たかのような、恐れの色でした。

 彼から見て、一体僕は何に見えたのでしょうか。


 当て推量ですがね、剥き出しの命が見えたんじゃないでしょうか。

 僕という一個人の言葉と思いではなく、それまで無念のうちに戦場で死んでいった命が、僕の背後に立ち、口を操っている姿が見えたのかもしれないです。

 お前がこれから殺すのはルカというちっぽけな1人の人間ではなく、何千何万という死人の思いだ。

 怒りで殺すのではなく、恐れて殺すのだということに気づいたのやもしれません。


 僕は隊長の目を見ながら祈りました。

 どうか、無念の中で死ぬのは僕が最後であってほしいと。

 僕の魂は後悔に囚われ、幽鬼の如く彷徨うことになるかもしれないが、生きている彼らにはそうなってほしくない。

 僕の言葉の意味を考え、どうか命を正しく使ってほしいという祈りでした。

 少佐は鋭い目つきをより一層険しくし、拳銃の引き金を引きました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ