第三十五話 【御三卿】
御三卿とは、八代将軍徳川吉宗から九代将軍家重の治世に、徳川将軍家の血統維持を主目的として創設された田安・一橋・清水の三家を指す。
血統維持が主目的であるため、御三卿は領地というものを持たない。
国元が存在しないため参勤交代の必要もなく、主君および家臣は常に江戸に在府している。
御三卿は全員が徳川姓で区別が付かないため、通常は田安家・一橋家・清水家と呼ばれている。
これらの通称は、各家の屋敷が置かれた場所に由来している。
ともあれ御三家に次ぐ家格である御三卿の男子であれば、越前松平家の継嗣として不足は無い。
当然ながら継嗣が誰になるかは越前松平家にとって大問題である。
「差し支えなければ、松栄院様が田安家の錦之丞様を推された理由をお聞かせ頂きたい。」
「其方がそれを尋ねるのは当然でしょう・・・まずは年齢です。錦之丞殿は当年取って十一歳、継嗣として相応しき年頃と言えます。そして健康に問題があるとの話は聞いた事が無い。更には錦之丞殿は大変英明な方と聞いています。」
「十一歳でそのような名声を得るというのは、只事ではありませんな。」
「左様、田安家とって錦之丞殿は掌中の珠の如き存在。田安家中の一部が錦之丞殿を将来の将軍候補と考える程には、な。」
「されど錦之丞様は既に、伊予松山藩の継嗣と決まっていたはず。」
「詳しいな、右近。其方の申す通り、錦之丞殿は松平勝善殿の仮養子となっておられる。それ故、通常ならば考えられぬ縁組です。但し此度は幕府が継嗣を決めるとの事、それならば望みはある。」
「某は国元で、今は亡き御前様の継嗣選定に関わっており申した。錦之丞様につきましても俎上に載りましたが、伊予松山藩の事もあり、その時は諦めておりました。されど松栄院様の申される通り、当家にとって錦之丞様は、これ以上は無きお方と存じます。」
「難しい事は承知の上です。されど幕府が継嗣を決めるという一事が、不可能を可能にする奇貨となるかもしれぬ。」
「御意。それでは常盤橋に戻りまして、ご家老に伝えまする。」
早々に松栄院の許を辞した右近は、事の次第を岡部左膳に伝えるため、常盤橋への帰途についた。
次回は9月3日(金)20時に公開予定です。




