第三十三話 【継嗣を決める者・後編】
西ノ丸からの知らせを受けた本丸老中の水野忠邦は、すぐさま将軍御座所に赴くと、事の次第を徳川家慶に申し述べる。
「越前松平家への仕置が決しました。」
「どうなった?」
「越前福井藩は改易を免れました。それどころか越前守殿はそもそも身罷っていない事になっており申す。」
家慶は怪訝な顔を隠さずに問い返す。
「一体如何なる事が起きたのだ?越前守卒去について、越前福井藩は正式な届けを出したはずではないか。」
「詳らかな事情までは掴んでおりませんが、その届け自体が間違っていたという事で押し通したようです。」
「そのような大事を間違うなど、およそあり得ぬ事。」
「御意。斯様に強引なやり口は、林肥後守の仕業と見て間違いありますまい。」
「そうだとして、肥後守は結局どうするつもりだ?死んだ者を何時までもそのままにしてはおけまい。」
「それ故、継嗣を一刻も早く決する必要がございます。」
「後から辻褄を合わせようと言うのだな。さすればこれも肥後守が取り仕切る事になろう。」
「然に非ず。」
「では一体誰がそれを取り仕切るのだ?」
「恐れながらそのお役目、上様にお任せしたいとの事。」
「!」
家慶は暫し絶句した後、忠邦に問う。
「・・・何故そうなる?」
「それこそ肥後守の仕業に相違ございませぬ。」
「・・・肥後守は何を考えておるのだ?」
「此度の事、肥後守が悪意をもって謀ったとも限りませぬ。少なくとも将軍家を貶めんとする意図は無きかと存じます。」
「では何のためだ?」
「将軍家の体面でありましょう。」
「!」
「西ノ丸が継嗣まで決めたのでは、将軍家の出番が全くございませぬ。肥後守はそれを慮ったのではないでしょうか。」
「何とも恩着せがましい男よ・・・」
「しかしこれで継嗣の選定に西ノ丸からの横やりが入る懸念は無くなり申した。それ自体は結構な事かと存じます。」
「儂はそのように割り切れぬ。」
「では辞退されますか?」
「そうは申しておらぬ・・・この件、内々に松栄院にも伝えてやれ。先日届いた書状では越前松平家の行く末について大いに憂いていたからな。」
「しかしそれを行えば、継嗣選定について、越前松平家が口出しする口実を与えるかもしれませぬ」
「いや、そうはなるまい。此度は越前松平家の方から幕府に継嗣を決めて欲しいと言ってきたのだ。そこは辨えていよう。」
「継嗣を将軍家が決めるのは変わらないと申されるのですな。」
「無論そうだ。ただな、越前松平家は当事者なのだ。意見は聞くべきだろう。その上で幕府が決定を下す。」
「御意、それでは使者に口頭で伝えさせまする。」
「それで良い。任せる。」
いよいよ将軍家主導による継嗣選定が始まろうとしている。
越前福井藩がそれを知るには、水野忠邦からの使者を待たなければならない。
次回は8月20日(金)20時に公開予定です。




