第三十一話 【決着】
蛎殻町の密談から二日後、江戸城西ノ丸では、越前松平家への仕置が再び俎上に載せられた。
その場に居るのは前回と同じく、大御所である徳川家斉と西ノ丸老中の堀田正睦、それに若年寄の林忠英という顔触れである。
その中で最初に口を開いたのは、林忠英であった。
「上様、一昨日に越前松平家の留守居役を呼び、事の次第を質したところ、松平斉善殿卒去は間違いであったとの事。」
「何と、そうであったか!それはめでたい限りだ。」
家斉は、忠英の「報告」を聞くや、大袈裟に喜んで見せる。
一方、それで収まらないのは堀田正睦である。
「間違いと申すが、これほどの重大事を間違うなど、信じ難き事。」
正睦が呈した当然の疑問に対し、家斉が掣肘を加える。
「間違いであったものは仕方がないではないか。そもそも天下安寧が大事と申したのは其方ぞ。ともかくこれで越前福井藩の改易は無くなった。肥後守、大儀であった。後事は其方に任せる。」
「御意、越前松平家の留守居役が申すには、今後はこのような騒動が起こらぬ様、早々に継嗣を定めたいとの事。ついてはその人選を幕府に委ねたいとの申し出がございました。」
「!」
ここに至り、正睦は全てを理解した。
越前福井藩の届出は間違ってなどいない。
松平斉善は既に、この世には存在しない。
そして家斉と忠英は、その事を十分承知している。
恐らく忠英は、前もって家斉への報告を済ませており、そこで結論は出ているのだろう。
『つまりこれは既に決まった仕置について、儂を納得させるための茶番という訳だ。』
堀田正睦の慧眼は正鵠を得ていた。
家斉と忠英にとって、この場は仕置を決するのが目的ではなく、既に決まった仕置を老中である堀田正睦に披露する場に過ぎない。
正睦がこれ以上意見を述べたところで、議論が平行線を辿る事は目に見えていた。
松平斉善が国元で卒去した以上、斉善の死を直ちに確かめる方法は存在しない。
『是非も無し』
事実が隠蔽されるのは問題だが、正睦の進言により、少なくともご定法が堂々と捻じ曲げられるという最悪の事態は回避出来た。
堀田正睦は、ここが引き時と判断した。
「上様がそれで良しとされるなら、某としても構いませぬ。」
「そうか!分かってくれたか。」
全員の合意を得たところで、家斉は宣言する。
「これにて越前松平家の仕置は落着とする。」
この日、越前松平家の存続と、幕府による継嗣の斡旋が内定した。
次回は8月6日(金)20時に公開予定です。




