第三十話 【光明】
密談を終えた左膳と右近は月明かりの中、常盤橋への帰途に就いた。
夜の江戸市中は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
そんな中、左膳は安堵の面持ちで右近に話しかける。
「上首尾であった。」
「御意、それにしても林様は俗物でしたな。」
「左様、しかしそのおかげで事が上手く運んだとも言える。」
実際、今回の事で最も得をしたのは、林忠英だったと言って良いだろう。
忠英は大御所の期待に応えてみせると同時に、越前松平家に恩を売るだけでなく、付け届けという実利まで手にしたのだ。
ただ当時の常識からすれば、忠英のみが特別に俗物だったという訳ではなく、幕閣はこのような手段で、自らの立場を盤石なものにしている事が多かった。
「油断は禁物ですが、これで断然望みが出て参りました。」
「うむ、若年寄を味方に付けたのは大きい。後は大御所様の御心一つだが・・・」
「それについては、心配無用かと存じます。」
「何故そう思う?」
「此度の事、林様は大御所様の意を受けて動かれているように思います。当家と林様に特別な繋がりが有ったのならともかく、そうでない以上、林様ご自身の判断で動いているとは思えませぬ。」
「なるほどな・・・これから如何する?」
「ここは林様を信じて待つしかありますまい。下手に動いて、それが林様の耳に入ろうものなら、自分を信じていないのかという事で、少なからず気分を害されるでしょう。それは得策ではございません。」
「うむ、後は今宵の事を松栄院様に何と伝えるかだが・・・」
「今はまだ何かがはっきり決まったわけではございませぬ。数日様子を見てから、お伝えするのが良きかと存じます。」
「相分かった。早ければ数日の内に決着が付くかもしれぬ。そうなれば継嗣の受け入れ準備を急ぎ進める事になろう。これから忙しくなるぞ。」
「御意。精一杯務めさせて頂きます。」
越前福井藩は、右近の活躍により最大の危機を切り抜けようとしていた。
次回は7月30日(金)20時に公開予定です。




