第二十六話 【二つの書状】
右近は松栄院から受け取った書状を再び手に取ると、話し始める。
「作る事は出来まする。されどそのためには松栄院様の力をお借りする事になります。」
「何をすれば良い。」
「難しき事ではござりませぬ。これなる書状に『御前様の死は秘してある』と、一言お書き添え頂きたいのです。」
一体何事かと身構えていた松栄院は、右近の返答に拍子抜けする。
「・・・それだけで良いのか?」
「御意。それで相手には十分伝わりまする。」
「『伝わる』とは何が伝わるのだ?」
「されば申し上げます。『御前様の死は秘してある』というのは、秘されているのだから、御前様の死は何時であっても構わないという暗喩でございます。そう、例えば当家の嗣子が決まった後に御前様が身罷られても一向に構いませぬ。そうであれば何も無かった事になり、そもそも定法を曲げる必要が無くなります。」
「・・・そのような話、誠に通ると思うか?」
「こちらからは何も申しておりません。当家が伝えるのは『御前様の死は秘してある』という事実だけ。最前申し上げた通り、幕府は当家を改易をさせないための『正当な理由』を求めておりまする。当家が『事実』をお伝えすれば、必ずや『正当な理由』に気付くはず。最後に決めるのは幕府になりましょう。」
『・・・成程、流石は左膳が強く推挙するだけの事はある。この男、只者にあらず。』
松栄院は自身も聡明な女性である。
それでも右近の献策は松栄院の予想を遥かに超えるものだった。
「分かりました。書状については今から書き添えましょう。」
「あり難き幸せ。されば今一つお願いの儀がございます。」
「何なりと申してみよ。」
「同じ書状をあと一通お書き頂きたい。」
「それは構わぬが、何に使うのです?」
「もう一通の書状は大御所様にお届けします。」
「西ノ丸か!」
「御意。此度の事は大御所様にとっても身内の問題になります。となれば西ノ丸が関わっていると考えるは自然な事。それどころか当家への仕置を決するのは本丸ではなく西ノ丸かもしれませぬ。」
「右近、よくぞ気付いてくれました。早速父上への書状も用意しましょう。」
「何卒よろしくお願い申し上げます。」
ひとまず松栄院の許を辞した右近は、一刻の後、再び拝謁を許された。
松栄院は二通の書状が入った文箱を差し出すと、右近に後事を託す。
「右近、本当はこの私が江戸城に出向いて、自ら父上や兄上を説得したいのですが、それは叶わぬ。この先は其方が頼りです。しっかり務めを果たされよ。」
「御意、必ずや松栄院様のご期待に応えてみせまする。」
「良き知らせを待っていますよ。」
こうして松栄院との再会を約した右近は、霊岸島を後にした。
次回は7月2日(金)20時に公開予定です。




