第二十話 【一日の終わり、戦いの始まり】
長十郎が去り、右近と差し向いになると、左膳は俄に相好を崩す。
「いやはや驚いた。一体何をしたのだ。」
「特に何かをした訳ではござりませぬ。長十郎はあれが童の頃よりの付き合い故、話がしやすかったというだけの事。」
「左様であったか、今後は其方が長十郎の面倒を見てくれると言うのだな?」
「御意」
「それは何とも助かる。恩に着るぞ、右近。」
「当家の危機を救うには必要な事、礼には及びませぬ。」
すると左膳は少し改まった口調で自分の意思を伝える。
「右近、其方には大いに期待しておる。出来る限りの便宜を図る故、当家のため存分に働いてくれ。」
「それはあり難き限り。」
「まずは其方が起居する場所だが、この屋敷に空き部屋がある故、そこを使うと良い。常に屋敷内に居った方が何かと便利であろう。」
「ご配慮、痛み入りまする。」
「さしたる事ではない。実を言うと、そこは元々御書院番衆が使っていた部屋でな、亡き御前様の国入りに伴い、もぬけの殻になっておったのだ。だから丁度良い。」
「左様でしたか、されば遠慮なく使わせて頂きまする。」
「其方も福井からの道中疲れたであろう。明日も早いのだ。今日はゆるりとするが良い。」
「御意」
主君の国入りに伴い、多くの家臣が国元に移動したため、江戸詰めは留守居役が中心で数が少なくなっている。
その様な事情もあり、右近は常盤橋の藩邸に一室を与えられた。
とは言え藩邸に一室を与えられるというのは特別な事だ。
これは右近が僅か半日で岡部左膳の信頼を勝ち得た事を意味している。
それでも右近は未だ入り口に立ったに過ぎない。
真の相手は藩内の者ではなく、幕府なのだ。
右近の戦いは始まったばかりである。
次回は5月21日(金)20時に公開予定です。




