第十九話 【案内役】
『一体どうなっておるのだ・・・』
早々に戻って来た右近を見た岡部左膳は思わず我が目を疑った。
それはそうであろう。
何しろ右近の隣にいるのは、騒動の中心人物である伊崎長十郎なのだ。
右近が左膳の許を辞してから、四半刻と経っていない。
その間に右近は長十郎の説得を済ませてしまったと考える外なかった。
右近はそんな左膳の内心など気付かないかのように話を進めていく。
「折り入ってご家老にお願いの儀がございます。松栄院様への目通りをお取り次ぎ頂けないでしょうか。」
「松栄院様へのお目通りを所望と申すか?」
「御意、まずは松栄院様に嘆願状を書いて頂き、それを届けるという名目で幕府と接触します。」
「これはしたり、儂の目当ても正にそれよ。実は嘆願状については既にお願いしてある。早速明日にも霊岸島まで取りに行ってくれるか?」
「御意、然らば明朝参る所存。その際、松栄院様にお目通りが叶えば良いのですが・・・」
「儂の名前で書状を書く故案ずるな。あのお方も当家の行く末を大変憂いておられる。お目通りは許されるであろう。」
「御意」
ここで初めて右近は隣に座る長十郎をちらりと見ると話を切り出す。
「ご家老、某は江戸には不案内。故に江戸在府の間『案内役』として、これなる伊崎長十郎を手許に置かせては頂けないでしょうか。」
これは左膳はもちろんの事、長十郎にとっても寝耳に水の話である。
右近は隣にいる長十郎が驚いた様子で身体を震わせる気配を感じたが、幸いにも長十郎が話しに割って入る事は無かった。
右近が江戸で活動するにあたり、案内役が必要なのはその通りだが、今回の目的はそれだけではない。
右近は案内役として行動を共にさせる事で、長十郎が勝手に暴発しない様、面倒を見るという事を暗に述べている。
そしてそれは左膳にとって、願っても無い話だ。
右近の言葉の裏にある意図を直ちに理解した左膳は、それには一切触れずに神妙な面持ちで型通りの返答をする。
「相分かった。案内役の事、許す。明日にも案内役と共に松栄院様の許に行くのだ。」
「承知仕りました。」
わざとらしく平伏した右近は頭を上げると、隣にいる長十郎に言葉を掛ける。
「長十郎、聞いての通りだ。明朝辰の刻に出立致す。遅れるでないぞ。
某は今からご家老に書状を書いて頂く故、此方に暫く留まる。
お主は先に下って良い。」
「・・・然らば某はこれにて失礼仕る。」
長十郎は未だ納得していない様子を見せるも、それ以上は言葉を発する事なく去っていった。
次回は5月14日(金)20時に公開予定です。




