第十四話 【江戸入府】
右近が江戸藩邸である越前松平家上屋敷に入ったのは、福井を発して十二日後の事であった。
越前松平家は江戸城本丸の至近に位置する常盤橋の袂に七千三百坪余の広大な敷地を幕府から拝領しており、そこに豪奢な上屋敷を構えている。
但し屋敷そのものは前年の天保八年に火災で焼失したため、この日右近が目にしたのは再建されたばかりの真新しいものだ。
この一等地が江戸における福井藩の本拠地である。
右近が入る四日前に早打ちは到着しており、知らせを受けた江戸藩邸は国元以上に騒然としていた。
混乱の中、右近は何とか江戸家老である岡部左膳への面会を取り付ける。
目通りのため案内された部屋で一刻程待たされたものの、約束通り左膳は姿を現した。
「待たせたな。」
「此度はご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます。」
「良い、火急の折に堅苦しい挨拶など無用だ。」
「御意、まずはこちらをご覧あれ。」
右近は懐中から奉書を取り出すと、恭しく左膳に差し出す。
奉書を受け取った左膳は、その場で中身を確認する。
暫くして奉書を読み終えた左膳は顔を上げ、右近に返答する。
「相分かった。其方は国元を代表して江戸に参ったという事で良いのだな。」
「御意。されば単刀直入にお伺いします。御前様卒去の儀、幕府への届出は?」
「既に済ませてある。」
「して、幕府からの返答は?」
「未だ無い。」
「左様でありましたか。」
左膳の答えを聞いた右近は胸をなでおろす。
幕府の正式な御沙汰が出た後に、それを覆す事は不可能に近い。
しかし御沙汰が出る前であれば、話は違ってくる。
「して国元の様子はどうだ?」
「無論大騒動になっております。されど抑えが効かないとまでは言えませぬ。」
「国元も大変であろうな。だが大変なのは国元だけではないのだ。こちらも殊の外難儀しておる。」
いよいよ左膳は江戸の危機的状況を語り始める。
次回は4月9日(金)20時に公開予定です。




