魔女狩りのメシア⑫
飛騨と川崎は直ちに元自衛隊中央病院……現日本軍中央病院に運び込まれた。
同時に陸軍基地内での火災で怪我を負った者たちの何割かもここに運ばれたが、怪我の大小に限らず飛騨の治療が最優先事項だった。
飛騨は運び込まれた病院の集中治療室で、丸一日がかりの手術を受け、事無きを得た。
全治二ヵ月の大怪我ではあるが、早急で的確な応急処置と治療が功を奏し、最悪の結末には至らずに済んだ。
手術が終わった次の日には、飛騨の意識も戻り、陸軍のみならず飛騨の存在を知る多くの人間を安堵させる。
症状としては川崎の方が深刻だった。
初動の手当が遅れたことによる失血性ショックを起こし、一時昏睡状態に陥った。
幸いにも命に別状無く、飛騨より遅れること数日の後、意識を取り戻した。
姿を消す魔女をその目で見た震田と午雷、そして直接対峙した飛騨の証言から、日本国軍の所有するウィザード二名の厳重な警備体制が敷かれることとなった。
飛騨の入院する軍病院の周囲は常に武装した陸軍軍人が警備に当たり、飛騨の病室には必ず二名以上の人間が交代で警備・監視して飛騨を護衛する。
いつ、再び、あの姿を自在に消すことのできる魔女が入り込み、暗殺を企てるかわからない。
日本軍は見えない敵との戦いを強いられることになった。
陸軍基地の騒動はその日のうちに海軍、空軍上層部にも伝えられ、瑞岐も赤城の口から飛騨の身に降りかかった災厄を聴く。
飛騨の意識が戻って十日が経った頃、瑞岐は赤城に連れられ飛騨の病室に訪れる事になった。
見舞い、そして飛騨を襲った見えない魔女の情報共有の為である。
日本のもう一人のウィザードとして、瑞岐もまた厳重な警備を引き連れて行くことになるのだが、海の上以外では基本的に、身辺のボディーガードはいつもと変わらず隼翔と綾小路兄弟が受け持つ。
この不安定な時期に、身元のはっきりせぬ者を瑞岐の傍には置けぬという赤城の判断である。
世田谷の病院に着いた海軍の一行は、厳重なセキュリティを越え、飛騨の病室に向かう。
病室で赤城たちを出迎えたのは、未だベッドに横たわる飛騨と、震田、午雷の三人であった。
赤城が部屋に入ると、すぐに震田と午雷は壁際に寄り、規律敬礼した。
海軍の五人も、隼翔を除いて皆、海軍式の敬礼で返す。
用意されていた二つの椅子に赤城と瑞岐が腰かけ、それ以外の者は後ろに立つ形となった。
「すまんな、こんなに大勢で押しかけて」
まず赤城が話を切り出す。
「いえ。こちらこそ、こんな態勢でしか対応できず、申し訳ありません」
飛騨が顔だけを小さく動かして会釈し、赤城に無礼を詫びた。
「気にするな。しかし災難だったな。無事で何よりだ」
「勿体無いお言葉です。
自分の至らぬ部分が多かった故に、こんな騒ぎになってしまって」
赤城と飛騨が挨拶を交わしている間、瑞岐は痛々しい飛騨の傷を眺めていた。
枕元に立てた点滴を固定する器具から伸びる管が左手首に繋がり、胸元にはバイタルを管理する機械へと送るコードがいくつも貼り付けられている。
患者服の間から見える、胸から腹には、幾重にも包帯が巻かれた左胸の刺し傷の治療痕。
外から見ただけでは分からないが、裂けた内臓の縫合、折れた肋骨固定の手術など、いくつもの治療が施されていた。
飛騨自身も気が付かなかったが、右腕の肘下、橈骨にはヒビが入っていたらしく、ギプスで肩から固定されている。
両手指の先から手首にかけては、皮膚が全く見えないほどに包帯が巻きつけられ、指先は全く動かせないような状態である。
それ以外にも顔、腕、背中、脚の至る所に軽い切傷があり、ガーゼがあてがわれていた。
皮膚の見えている部分だけでも青白く内出血している箇所が多く、まだまだ完治には程遠いようだった。
満身創痍、とはこのことだろうか。
ここまでの傷を負うというのは、どんな恐ろしい痛みを伴うのかと、瑞岐は背筋がぞっとする思いだった。
同時に以前、隼翔が瑞岐をマフィアの女幹部から守ってくれた時のことを思い出す。
「久しぶりだな、瑞……いや、成瀬大佐」
赤城の隣で大人しく座っていた瑞岐に、飛騨が微笑む。
「こんな無様な姿を、こんな大勢の人間に見られるとは思わなかった」
「いや、そんな……!」
自嘲して笑う飛騨の言葉を、瑞岐は顔を横に振って否定する。
「それで、本題だが……」
ひとつ咳払いをしてから赤城が切り出す。
「悪いが、込み入った話になる。
なるべく事情を弁えた者のみで話をしたい」
そう言って赤城はちらりと震田と午雷を見る。
部外者は出て行けということを言外に含ませていた。
赤城の様子に、震田と午雷は目だけでお互いの顔を見て、出て行くか?という相談をアイコンタクトでこなす。
しかし、飛騨がそれを制した。
「閣下。この二人は俺の親友であり、俺の力の良き理解者です。
ここに居ても問題はありません。
それに、この二人も件の魔女の姿を見ている。
何かの手掛かりになるかもしれません」
「なるほど。ならいい」
赤城はあっさりと飛騨の要求を受け入れ、脚と腕を組む。
少しリラックスした態勢と口調で、後ろに立つ隼翔たちに軽く振り返る。
「高山たちは初めてだな。
こいつが盾の陸軍自慢のウィザード、神風の飛騨龍彦中将だ」
綾小路兄弟は『中将』の言葉の重みに震え上がり、思わず再び敬礼した。
隼翔だけは、あまり興味も無さそうに欠伸を噛み殺している。
「飛騨、お前が目を醒ましてから取った調書と、陸軍基地内に残っていた監視カメラの映像を確認させてもらった」
腕を組んだまま赤城はしばらく目を瞑り、資料の内容を思い出しながら話す。
「お前を襲った、姿の消える魔女。
『魔女狩りのメシア』とやらの正体を掴んだ」
陸軍基地を襲った少女の姿を思い出し、飛騨の額には深い縦皺が刻まれる。
「魔女狩りの……メシア?」
瑞岐は聞き覚えのない不穏な単語を発した赤城の顔を見る。
細く目を開け、顔を少し横に傾けると、赤城は瑞岐たちにこれまでの出来事を説明する。
「読んで字の如く、だ。
この世界に居る全ての魔女を殺すのが、飛騨を襲った女の目的らしい。
だから成瀬大佐、お前の身辺警護もここまで厳重になったんだよ」




