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HOLY WORLD  作者: (仮)
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魔女狩りのメシア⑨

ジュェンは飛騨めがけて走り出した。

後ろにたなびく白のマントを左手で掴み、その身に引き寄せる。

マントがジュェンの体を覆うと、彼女の魔法は発動した。

ジュェンの姿形、足音が消える。


飛騨は五感を研ぎ澄まし、微かな少女の気配を探る。


視界に映るのは煙に霞む見慣れた廊下。

耳に届くのは鳴り止まぬ非常ベルとサイレン、外にいる人々の喧噪。

鼻をつくのは灯油と、煙と、火災で燃えた有機物の嫌な匂い。

煙は口内にもまとわりつき、舌や喉をちくちくと刺激する。

刀の鞘と柄を握る両手には汗が滲んだ。

極度の緊張故か、不思議と手の傷の痛みをさほど感じなかった。


飛騨の五感は少女の存在を認識していない。

だが、少女は確かに此処に居る。

第六感とも言うべき飛騨の直感のようなものが、少女の放つ殺意と憎悪を感じ取っている。


そしてジュェンは突如、姿を現した。

刀の柄を握る右手の斜め後ろから、飛騨の利き腕であろう右上腕を狙い、ナイフを突く。

瞬時に飛騨は抜刀し、ジュェンのナイフを刃で受け止めた。

キィンッという激しい金属のぶつかり合う音が廊下に木霊する。

飛騨が力任せに刀でナイフごと少女の体を押し戻すと、ジュェンは呆気なくこの攻撃を諦め、マントで身を覆った後、姿をくらます。


二、三秒の時をおいて、今度は三メートルほど離れた場所から数本の細いナイフを投げつけて来た。

返す刀で飛騨は神風を放ち、ナイフを全て吹き飛ばす。

飛び道具を全てかわされたことにジュェンは舌打ちしながら再びその姿を消す。


奇襲を仕掛けては姿を消し、何度も攻撃をしかけてくる。

身軽さを生かした素早い攻撃を繰り返し、かつ攻撃後の隙をつくカウンターを防ぐ為に魔法で身を隠す。

ジュェンの能力を最大限に生かしたヒットアンドアウェイの戦法。

致命傷こそ負わないものの、飛騨の体力は徐々に削られていく。

一瞬たりとも気が抜けない。

集中力が少しでも途切れれば、ナイフや飛び道具でダメージを受ける。

急所は刀と籠手を駆使して死守しているが、それ以外の、脚や背中に少しずつ切り傷が増えていった。


ジュェンが次に現れたのは、飛騨の頭上。

身を隠している時に助走をつけて飛び、姿を現し飛騨の脳天めがけて右手のナイフを振り下ろした。

少女の影に気付いた飛騨は、咄嗟に一歩下がりその攻撃をかわす。

ナイフをかわされたジュェンはナイフを床に突き立ててから手をつき、体を横に回転させ手前に来ていた飛騨の左足に足払いをかける。

「くっ……」

飛騨は転びこそしなかったものの、体制を崩しかける。

払われた左足を大きく一歩後ろに下げ、前かがみになりながらも踏みとどまった。

前に屈めた飛騨の上体を、飛騨の顔に狙いを定め、ジュェンはサマーソルトで蹴り上げた。

回転の反動に合わせて、床に突き立てたナイフを引き抜く。

大きく弧を描いたジュェンの左足は飛騨の右頬と右耳を裂いた。

幸い急所の顎は外したが、鋭い蹴りで右頬からは血が滴った。


ジュェンは後方転回後の着地からすぐに前進し、今度は右手に持ったナイフで飛騨の左胸に狙いを定める。

飛騨はそれを刀で受け止め、刺傷を防ぐ。

ジュェンは左手のもうひとつのナイフで腹部を狙うが、飛騨はすかさず左手で刃を掴む。

「……籠手がこんな形で役に立つとはな……」

籠手越しとはいえ、流石にナイフの刃を掌で掴むのは痛みが強い。

鋭いナイフの刃先を強く掴んだせいか、もともと傷だらけだった手は、疼痛が大きく増す。

じわじわと包帯に血が滲む感触がした。


「防戦一方じゃあたしには勝てないよ」

鍔迫り合いのさなか、ジュェンは至近距離から飛騨を睨む。

飛騨はジュェンの血潮に滾った瞳を真っ直ぐに見下ろす。

「俺の剣は人を護る盾の剣だ。人を殺める為のものではない」

お互いに言語は通じない筈だが、二人は意思が通じているかのような言葉を紡ぐ。

「この野郎……ッ」

ジュェンは両手に目一杯の力を入れるが、軍人として鍛えた成人男性の腕力には敵わない。

ならば蹴りを、とも思ったが、足も含め前進で踏ん張っているこの状態では足を地から離すこともままならない。

スピードや身軽さならば自分の方が上であると確信していた。

この膠着状態を上手く抜け出す方法があればと、ジュェンはあらゆる手を考える。

その間も、ギリギリと音を立ててナイフと刀、籠手が軋む。

ジュェンの額には力を込めた汗が浮かび、飛騨の顔には傷の痛みに耐える脂汗が流れる。

飛騨の指先は痛みで痺れが生じ、力を込める事すら困難になってくる。

それでも力を緩めることはできない。

引けばこの身が危機に瀕する。

自分は死ねない。

この国を護る為に、狩られる訳には、死ぬ訳にはいかないのだ。

飛騨は痛みと鍔迫り合いに耐えながら、自身の想いを絞り出す。

「魔女狩りのメシアとやら……。

 お前は自分を救世主だと名乗るが……。

 人を殺めることでしか成し得ぬ救いなら、俺は全力でそれを否定せねばならない!

 日本国『盾の陸軍』、神風の飛騨龍彦中将として!」

日本語を解さぬ少女には無意味な口上だろうが、それでも口にしなければ気が済まなかった。


飛騨は右手の刀で受け止めたナイフを弾き、左手に握ったナイフを引き寄せる。

刀に弾かれたナイフはジュェンの手を離れ宙を舞い、音を立てて床に落ちた。

左手を引かれたジュェンは態勢を崩し、隙ができる。

その隙に素早く飛騨は右腕を引き、刀を逆手に持つや否や、彼女のみぞおちに柄による一撃を見舞う。

反撃が決まるとすぐに飛騨は左手を放し、少女を解放する。

ジュェンは腑への衝撃に思わず膝をつき、腹を押さえうずくまった。

飛騨は膝を折り、苦し気な表情を浮かべる少女の鼻先に刀の先端を突き付ける。

「……降伏するんだ。

 安心しろ。この刀はお前を斬らない。

 お前を裁くのは日本の司法だ」

刀を突き付けられてもなお、ジュェンは気丈にも飛騨を睨みつける。

「そうか。お前は日本語が分からないんだったな。

 なら、英語ならわかるか?」

飛騨は降伏勧告を英語で言いなおそうとする。

だが、ジュェンは悔しそうに歯ぎしりした後、大きく叫ぶ。

「この……犬野郎!!!」

腹を押さえていない方の手でマントを掴み翻す。

ジュェンの瞳が魔力を湛えた光に満ち、再び飛騨の前からその身を消す。

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