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HOLY WORLD  作者: (仮)
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魔女狩りのメシア⑧

襲撃者……ジュェンはマントの下に背負ったリュックから無造作に小型の翻訳機を取り出した。

取り出した物が定かでなかった飛騨は再び神風を放てるよう身構えるが、それが攻撃の為の物ではないと悟り、ほんの少しではあるが緊張を解く。

ジュェンは翻訳機に母国語で語りかける。

数秒のタイムラグの後、翻訳機は以下の事を淡々と日本語で述べた。


『あたしは魔女狩りのメシア。

 この世界を蝕む魔女を狩り、腐った秩序から世界を救う。

 アジアの平穏を乱す日本の魔女を狩りに来た』


刀を中段に構えながら飛騨は軽く頷く。

「成る程。やはりこの襲撃の目的は俺の命か」

しかし飛騨の想像とは半分相違があった。

てっきり中国軍の差し金かと思ったが、どうやらもっと厄介なものらしい。

この少女の目は完全に、魔女への憎しみで濁っている。


飛騨は少女と、少女の持つ翻訳機に向かってはっきりゆっくりと訴える。

「それならもう、この基地での破壊工作は止めてくれないか。

 他の人間は関係ない筈だ」

ジュェンは翻訳機を通して、ベトナム語と日本語で飛騨と会話する。

「ああ、いいよ。

 お前が大人しく死んでくれるならね」

魔女狩りのメシアを名乗る少女は、威嚇するように右手の中のナイフを突き出す。

しかし飛騨は首を横に振る。

「熱くなっているところ悪いが、お前の相手はもう少し後にさせてくれないか。

 お前に刺された彼女を、早く病院に運ばなければならない」

飛騨は彼の後ろで床に倒れている川崎を案じた。

抵抗しない様子を見せるように、構えを解き、抜き身で持っていた刀を鞘に納める。

「冗談じゃないね。

 そう言って逃げるつもりなんだろう!」

翻訳機を持った左手の力がこもる。

毛を逆立てた猫のように全身で怒りを露わにする少女に、飛騨は疑問を抱く。


何故この者はここまで魔女を……いや、自分を激しく憎悪しているのか。

彼女の瞳を沸騰した血潮で濁らせているものは何か。

この少女の髪色、肌色、顔立ち、単語の訛り方からして、恐らく東南アジアの人間と思われる。

ということは、神風の副作用の自然災害の被害者だろうか。

今回のテロ行為ように、魔女以外の多く人間の犠牲を払ってでも『世界中の魔女を狩る』など、尋常ならざる思想と行動に至るだけの何か特別な事情があるのだろうか?


内心苦悩しながらも態度には出さず、飛騨は毅然と少女に向かい合う。

「俺は逃げも隠れもせん。

 彼女を病院に送り届けた後、いくらでもお前の相手をしてやる」

例え少女にどんな事情があろうが、救えるはずの大切な部下の命を捨てる訳にはいかない。

曇りなき強い意志を持った飛騨の黒い瞳が真っ直ぐにジュェンを射貫く。

自分より体も歳も一回り以上大きい男の威圧にも、少女は全く怯まない。

「だめだ。どこにも行かせないよ。

 それにあんたは大人しく死ぬ気なんてない。

 あたしにはわかる」

ジュェンもまた真正面から飛騨の瞳を睨みつける。


この少女は完全に自らの憤怒の感情で耳を塞いでしまっている。

憎悪の対象である飛騨の説得など聞くとは思えない。

一時たりとも視線を逸らすことなく、飛騨は堂々と答える。

「ああ、そうだ。

 俺は死ぬ訳にはいかない。

 俺には国を護るという大義がある。

 逃げも隠れもせんが、抵抗はさせてもらう」

正々堂々一対一の勝負を申し出るに等しい言葉。

飛騨は自身の力を過信している訳ではない。

自分の命が狙いなら自分一人で相手取れば余計な被害は生まない。

相手が正面から単身で挑んでくるなら、こちらも真正面から受けて立とう。

思想や事情がどんなものあれ、飛騨自身もその信念と真っ直ぐに向かい合う。

これが飛騨の流儀、仁義である。

「お前は逃げたり隠れたりするのが得意な魔女のようだがな」

目の前で突然現れたり消えたりする不可思議な現象。

二重セキュリティの敷かれている陸軍基地内にいとも容易く忍び込み、至る場所で火を点けて回る。

恐らくそれが、姿を自在に消すことが、この少女の……魔女の持つ能力なのだろう。


飛騨の挑発するような言葉は、完全に頭に血が上った少女の理性を薙ぐ。

「ふざけるな、この犬野郎!

 今すぐここで殺してやる!!」

少女は、自分の力を蔑まれたと激高する。

そして自身も狩る対象の魔女だと呼ばれたことに激しい嫌悪感を抱く。


この男は自分の両親や兄弟、故郷を奪っておいて、なお未だその力を使う気でいる。

男の故郷や大切な人間を守る為なら、それ以外はどうなってもいいというのか?

この男は絶対に殺さなければならない。

でなければ今度は、ハノイに残してきたハーや彼女の家族たちをも失うことになるかもしれない。

歪な秩序で迷い込んだ檻から世界を救うには、やはり魔女を殺すしかない。


確かに、あたしも魔女なんだろう。

でもこの力は、悪事に力を使う他の魔女に鉄槌を下すために、きっと神様があたしに託したんだ。


ジュェンは翻訳機をリュックのポケットに押し込むと、両手のナイフを手の中で回転させ逆手に持つ。

その軽やかな動作から、彼女は普通の少女とは違うと、武術や体術の類の心得があると飛騨は読む。

そして自らも刀の鞘と柄に手をかけ抜刀の構えを取る。


「すまんな、川崎。

 なるべく早く病院に連れて行ってやるから持ちこたえろ」

青白い顔で腹から血を流し、床に倒れている部下に、飛騨は背中越しに祈りにも似た独り言を呟く。

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