魔女狩りのメシア③
全てを黒で揃えた陸軍将官用の制服に、同じく黒色の制帽には陸軍を現す徽章の金刺繍。
そして一番に目を引く、コーデュロイ生地で作られた黒色の外套。
この外套は彼の為に特別に作られ寄贈されたもので、蔦と葉の金刺繍が施されている優美なデザインだった。
外套は纏う男の動きに合わせて風をはらみ舞う。
その隙間から時折見えるは腰に下げた日本刀。
これもまた、黒と金刺繍の制服に合わせて、黒い鞘に黒い柄巻きに、頭や鍔など部分的に金で細工されている。
このいで立ちこそ、外ならぬ陸軍中将、神風の飛騨龍彦である。
飛騨の体調は未だ芳しくは無い。
連日中国からの攻撃に晒され続けた過労による疲れから来る体調不良。
だが、特に痛々しいのが数え切れぬ程、刀を握り続けた両掌だ。
酷い裂傷になっているのを包帯と化膿止め、痛み止めで誤魔化しながらろくに休みも取らず刀を振るっていた。
途中から少しでも手の負担を減らすよう、古来の日本鎧にある諸籠手を両腕に着けたが、焼け石に水。
それでも無いよりかは幾分か楽なのと、包帯が解れることが無くなるので、今も着けたままにしている。
そして今日も飛騨は、この二月ばかり通い続けた基地内屋外演習場にやってきた。
引き留める医官の忠告を聞かず、時間さえあればここへ来る。
ここには他国の航空機と対地ミサイルの監視システムの機材を揃えてあり、神風専用の索敵レーダーとして使っていた。
中国から日本への攻撃の可能性のあるうちは、ここに配備しておくのだろう。
「ひ、飛騨中将?!」
レーダーを監視していた者たちが、飛騨の出現に驚く。
無理もない。
先程、治療の為に医官たちに連れて行かれたのに、三十分も経たぬうちに戻って来たのだから。
「なんだ、人を化け物みたいに」
飛騨は苦笑するが、実際その能力、体力と信念は化け物じみている。
驚く監視員に飛騨は中国からの攻撃の状況を尋ねた。
「それで、中国軍に動きはないか?」
尋ねながら自身も衛星映像、レーダーの画面を見る。
「は……はい、特には。ここ数日は本当にぱったりと攻撃が止んでますね」
「そうか。それなら良い」
険しく皺の寄っていた飛騨の眉間から、少し力が抜ける。
中国軍が動かないのは、陸軍内でも話題になっている北京襲撃事件のせいだろうか。
流石に中将である飛騨には、その事件に関与したのが日本海軍と瑞岐たちだという事が耳に入って来ている。
中国国内にいる軍のトップに反感を持つ人間たちを利用して中国軍所有の魔女を狩り、戦力を大幅に削ぐと共に北京近辺への施設砲撃で中国国内の混乱を招く。
英国女王の発案に、海軍大臣赤城の戦略指南だったという。
瑞岐たちが破壊したのはあくまでも日本に仇なす施設の破壊と、自身らに攻撃を加えた中国軍だけで、市街への攻撃はしていない。
市街への被害は中国軍の誤射によるもののみ。
国際社会で問題となった時の言い訳もきちんと用意しているというのが、赤城らの強かさである。
モニターを見ながら思考していた飛騨に、監視員の一人が声をかけてきた。
「……あの、飛騨中将。
今は特に問題も無いですし、医務室で静養されては……」
レーダー監視の下士官は飛騨の身を案じて休養を促す。
しかし頑固な飛騨は否と即答し首を横に振る。
「それはできん。完全に中国と和平を結ぶまではな」
監視員たちも飛騨に医務室に戻るよう、もっと強く促すべきか戸惑った。
いくらその身を案じてとはいえ、遥か天上の将官クラスを相手にしつこく意見するのは勇気がいる。
下士官たちが難儀していると、背後から救いの手が……いや、声が聞こえてきた。
「ああーっ!飛騨!
お前やっぱりここに居たのか!」
突如名前を呼ばれ、飛騨たちは振り向く。
声の主と思われる人物は、屋外演習場と事務棟を繋ぐ入り口ドアの前に立っていた。
飛騨を呼び捨てにする人間は、この陸軍でも数少ない。
陸軍省大臣であり元帥の秋津と、同僚であり同期の友人である震田と午雷くらいだろうか。
そして先程、名前を呼んだのはその内の一人である震田だった。
彼の横には午雷と、顔面蒼白の川崎も居た。
「ひ、飛騨中将、今日は一日入院の筈では……」
補佐官の川崎は飛騨のスケジュールを把握している。
今日は一日中、基地内医務室で治療と静養の予定だった筈なのだ。
その彼が何故、きっちり制服を着込んで臨戦態勢で演習場に居るのか。
川崎の問いに飛騨は堂々と居直り、きっぱりと答える。
「俺ならもう大丈夫だ」
怪我や体調は平気だから、医官の制止を無視してここに来たと言ってのけている。
青い顔のまま言葉に詰まる川崎。
午雷は頭を抱え溜め息をつき、震田が呆れ顔で大きな声を出す。
「だいじょーぶじゃないから、こーして呼びに来てるんだよ!」
震田は午雷を手招きして、親指で「あいつ連れ戻すぞ」と合図する。
「全くもー。徘徊する痴呆老人か、お前は」
震田と午雷は飛騨のところでまで駆け寄り、その背中を押して帰らせようとする。
飛騨を引き摺りながら、午雷は固まったままの川崎に声をかけた。
「川崎さん、こいつまた抜け出すと思うから、鍵かけて閉じ込めといた方がいいですよ」
「……け、検討しておきます。
さあ、飛騨中将、医務室に戻りましょう」
三人がかりで飛騨を演習場から引き剥がし、医務室に連れて行く。
演習場でレーダー監視の任務に就いていた者たちは、呆気にとられながらも安堵し、それを見送る。
「全く、大袈裟だな」
されるがまま連れて行かれ、飛騨はやれやれと首を振った。
「大袈裟でも何でもねーの!
お前の手の怪我、全治二ヶ月とか言われてたろ?
普通はもう少し医者の言うこと聞いて安静にするもんなの」
「だが、万が一また攻撃を受けたら……」
「呼ばれたら行けばいいだろ。
その為に監視員が張り付いてんだから。
お前の神風は対空砲の配備なんかより、準備の時間かからないんだしさ」
飛騨の言動には皆、呆れる。
国民を守る盾の陸軍の鏡とも呼べる信念だが、少しは自分の体も気にかけて欲しい。
「飛騨、お前の身に何かあったら責任取らされる人間がいることも考えておけよ」
午雷が冷静に飛騨を窘める。
真面目で責任感が強い男なのだが、少し抜けている所が玉に傷だ。
中国からの攻撃に晒される前の平和だった時分。
飛騨も気軽に基地の外へ出かけることがあったのだが、この格好のまま街中に繰り出して、不審者として警察に通報され職務質問されるなど、皆を呆れさせるエピソードに事欠かなかった。
「外行く時はせめて、そのマントと刀置いてけ!」と、よく震田に怒られたものだ。
未成年の頃から殆ど基地の外と接点の無い飛騨は、どうにも世間知らずというか、浮世離れしているというか。
ラノベの主人公っぽいキャラかこ!!と意気込んだら
何故かお爺ちゃんができてた。




