魔女狩りのメシア①
長いストレートの黒髪を風になびかせ、よく晴れ渡った夕日の町を颯爽と歩く。
自宅の近くにある飲食店で働く少女は、今日の仕事を終え帰路に着くところだった。
店の裏口付近にとめておいたスクーターに鍵を刺し、メットインに手荷物を詰めていた時。
鞄の中に入れていたスマホが振動した。
非通知の着信だったため不審に思ったが、鳴り止まないので出ることにした。
「Xin chao?」
訝し気に電話相手に話しかける。
数秒の沈黙の後、電話口から声が聞こえた。
『ハー、元気?』
親し気に自分の名前を呼ぶその声に、少女……ハーは心当たりがあった。
「ジュェン?!あなた今どこにいるの?!」
電話越しの相手の声は間違いなく、ハーの学生時代からの親友、ジュェンだった。
「急にいなくなって心配したんだよ?!」
つい最近まで訳あってジュェンはハーの家に居候として世話になっていた。
しかしある日、何も言わずジュェンが家から姿を消した。
何事かと心配したハーは何度も連絡を試みたが、全く繋がらなくて途方に暮れていた。
そしてジュェンが家から消えて数日たった今日、現在、やっと彼女と連絡が繋がったのだった。
『心配かけてごめんね。それから、ありがとう。
今まで世話になったことのお礼が言いたくて連絡したの』
電話口の親友の声は心なしか悲しげだ。
「ジュェン?あなた、何を言ってるの?」
まるで今生の別れの挨拶のようなことを言う親友に、ハーの心配はさらに募る。
ハーの質問には答えず、ジュェンは淡々と用件を述べていく。
『あたしは、きっともうベトナムに戻ることはない。
やらなきゃならないことができたんだ。
だからハー、さようなら。元気でね』
親友の言葉に、ハーは理解するのに数秒遅れた。
ジュェンはベトナムに、ここにはもう、戻って来ない?
「ジュェン?!待って、どういうこと?!」
突然の別れの言葉にハーは動揺する。
電話越しに必死に説明を求めるが、答えは帰返ってこなかった。
すでに通話は切れていたのである。
通話が切れて、待ち受け画面に戻ったスマホを呆然と眺めながら、ハーは呟いた。
「ジュェン……あなた、一体何をする気なの……?」
ハーとの通話を切ったジュェンは、スマホを近くのベンチに放り投げた。
投げたスマホはジュェンのものではない。
ついさっき、その辺の適当な人間からスリ盗ったものだ。
健康的に日に焼けた肌に、左右両肩の辺りで結びまとめている黒髪。
服装はいつも通り、動きやすさを重視したTシャツとレギンスにスニーカー。
そして最低限の荷物だけを詰めた小さなリュックを背負う。
中東諸国から石油を運ぶタンカーが、ベトナムを経由してこの国に入港することを知って、ジュェンはタンカーに潜みこの国へと密入国を果たした。
ジュェンの生まれ育った田舎町に比べたら、ここは遥かに都会的だった。
この灰色の建物にあふれた街を見ていると、ジュェンの内にある憎悪がどんどん蓄積していく。
TOKYO。
この灰色の街のどこかに、ジュェンの家族の、生まれ育った町の仇がいる。
ベトナム南の都、ハノイから程なく行った所にある港町。
そこがジュェンの故郷だった。
生まれた時から両親や兄弟と共に育ったその故郷は、ある日全てがジュェンの前から消えた。
ベトナムは突如、季節外れのかつてない規模の台風に見舞われた。
深夜の河川氾濫でジュェンの家を含む町のほとんどが洪水に流され、壊滅的な被害を受けた。
その日たまたまハノイのハーの家に泊まりに行っていたジュェンだけが助かり、ジュェンの親も、兄弟も、町の友人たちも多くが嵐の犠牲となり亡くなった。
住んでいた家も流され全壊し、絶望していたところをハーに救われた。
親友のハーは、住む家と家族を失ったジュェンを快く自身の住まいに招いてくれた。
ハーはジュェンの衣食住に惜しみなく手を差し伸べた。
彼女には、ハーには感謝してもしきれない。
一時は、彼女と共に新たな生活を探すことも考えたが、あることをきっかけに、その平穏の道を行くのを止めることになる。
あることとは。
ジュェンの内にあった家族や故郷を失った絶望が、憎しみへと変わるきっかけとなった事件。
いや、事件というよりは、情報だ。
昨今、中国と日本が戦争状態だということは、毎日のニュースで知っていた。
ベトナムは国も軍も関わるつもりは無かったので、隣国とはいえ多くのベトナム人にとっては対岸の火事でしかなかった。
だがやがて、炎は日本と中国以外のアジアにも燃え広がってきたのだ。
その火事が、延焼が自国・ベトナムにも及んできたのである。
日中戦争は多くのウィザードの力を多用し、その結果、東アジア一帯に異常気象をもたらした。
異常気象は国土の半身が海に面しているベトナム各地に嵐を招き、数多の水害被害を与えた。
ジュェンの故郷もそのひとつだった。
彼女の住んでいた町は海と大きな河川の合流地点に近く、ベトナム国内でも最も被害の大きい地域だった。
そしてこの大災害の原因は、日本にいるウィザードの魔法に起因するとニュースが連日報道した。
この異常気象による洪水は人によってもたらされたものだと、ジュェンは知った。
彼女は、この日本のウィザードを激しく憎んだ。
自分から家族を、家を、故郷を奪った仇として。
そしてジュェンはある種の思想に目覚める。
仇である日本のウィザードは勿論、それ以外のウィザードもまた悪なのではないか、と。
遠いアメリカ大陸での戦争も、ウィザードの力に頼ることで悪化している。
魔女によってこの世界は滅びへと向かっている。
魔女がいる限り、この世界は魔女を求めて、魔女を使って戦いに明け暮れるのではないか。
この世界に魔女がいる限り平穏は訪れない。
全ての魔女が消えれば、世界は戦いの日々から脱却できるのではないか。
だから、この世界を蝕む魔女を殺す。
魔女を狩る。
この世界の全ての魔女を狩って、希望の道を切り開くのだ。
「あたしは、魔女狩りの救世主になるんだ」
魔女狩りのメシアとして、最初に狩る魔女は、この東京にいる自身の仇。
風を操り嵐を呼ぶというウィザード。
ベトナム語や人名をカタカナにする難易度の高さよ。
ジュェンは「ュ」と「ェ」を同時に発音する感じです。




