赤の王⑦
雲の上を翔ける、鈍い光を放つ黒い戦闘機。
「きゃあ!すごい!
すごく速いわ、グリズリー!!」
「うるせえな!気が散るからちょっと大人しくしてろ!」
隼翔の膝の上ではしゃぐ王女にうんざりしながら、慣れない中国産ステルス戦闘機を操る。
エリーはコクピットに入ってから、ずっとこの調子だ。
遊園地のアトラクションを楽しむ子供の面倒をみている気分になる。
内蒙古の山間を抜けると、すぐに河北の都市部、高いビルの群れが、雲間に薄らと浮かぶ。
この光景はまるで霧に浮かぶ仙人の住む高い山々のようだ。
本日の天気は雲り。
雨の降る気配は無いが、空を覆う厚い雲に加えて、産業排気ガスと黄砂で視界はとても悪い。
操縦が困難なのは厳しいが、レーダーに反応し難いステルス戦闘機が、さらに目視でも捉えるのが困難な事は今回の作戦上、都合が良い。
突如、河北省上空に現れた謎のステルス戦闘機に、中国軍らが気付いたのは、隼翔が発進してから二、三分経ってからだった。
戦闘機は自国の物に違い無いが、すでに使われることの無くなった一昔前の古い型の機体。
それが何の連絡も無く首都上空を滑空していることに、軍も武装警察隊も省警察も、ただならぬ危機を感じた。
「軍や武警が高山少尉の戦闘機を捕捉しました。
呼びかけても返事ない、など話しています」
盗聴器から聞こえてくる音声から、張は武警内部の様子を伝えた。
北京の武装警察本部には張の仲間が複数潜んでいる。
そして彼らが盗聴・盗撮した情報を、同じく北京市内にあるビルの高層階で待機している瑞岐、高崎、張、ジョンに逐次伝える。
連絡は他国のサーバーを幾つか経由したネット中継の形式を取った。
少々のラグはあるが、この場所が特定されない為にはこの方法しかなかった。
音声は張が聞き日本語に訳すとともに、万一の帝江対策で他の者には聞こえぬようにした。
張の仲間は武警内で管理閲覧されている監視映像や衛星映像を上手く捉え、こちらにも詳細が見えるようにしてくれている。
「空軍が緊急発進入りました。
高山少尉たちは今どの辺りに?」
張は瑞岐に尋ねる。
わざわざ瑞岐たちが北京入りしたのは、瑞岐の魔法の射程、そして高い場所から視覚的に隼翔の乗る戦闘機を捉える為である。
「高いビルが沢山あるのが見える……。
もう、かなり近いと思います」
街、空、木の上、色んな所に居るカラスたちの瞳越しに、瑞岐は隼翔たちの乗るJ-31の位置を見る。
彼らに一番近いカラスが精一杯高く飛び、戦闘機を追う。
「大丈夫よ。隼翔ちゃんたちの方が早く着くわ」
武警の映像を見ながら高崎が言う。
この緊急事態は、帝江・梨花の居る王の研究施設にも即時伝えられた。
施設内は危機を警告するサイレンが鳴り響く。
「……なに?」
戦いに向かう戦士たちに歌を届けていた梨花は、サイレンを聞き歌を中断する。
研究員たちは派兵隊への音声を切ると、慌ただしく梨花の居る隔離室に向かった。
「帝江を早く地下シェルターに!」
白衣の研究員たちに腕を掴まれ、強引に部屋から連れ出される。
強く握られた腕が痛く梨花は少し抗うが、彼らは構うことなく一心不乱に廊下を走る。
「一体なに……?どうしたの?」
「我々にもわからない!
軍や警察が言うには、謎の戦闘機が真っ直ぐここへ向かっていると、
テロリストの可能性があるから早く帝江を避難させろと言っている」
「テロリスト……?」
この施設が目標となれば、狙っているのは帝江・梨花しか考えられない。
「地下まで行けば大丈夫だ。戦闘機一機ではどうもできん。
ここの地下シェルターは核兵器が直撃してもびくともしない……。
あ、おい!早く検体や資料もシェルターに運ぶんだ!」
梨花の腕を掴んで走る研究員は、すれ違い様に別の研究員たちに指示を出していく。
されるがままに連れられ、梨花は地下へと走る。
「見えたわ、グリズリー!」
研究施設近くまで来てから、下降しながら厚い雲を抜け、地上を目指す。
雲間を抜けた瞬間にエリーが叫んだ。
「ああ、あれだな。趣味の悪い研究施設とやらは」
広い敷地を覆う高い外壁には全て有刺鉄線が張られ、恐らく電流も流れているのだろう。
研究施設というよりは刑務所のようだ、と隼翔は思った。
「オイ、チビ助。どれくらい近付けばいいんだ?」
「ミサイルの届く範囲でいいわ。……引き金はどこかしら?」
「引き金?ミサイルの発射なら、照準合わせてここを押せばいい」
操縦桿を握っていない方の手でタッチパネルを操作し、隼翔は指差す。
エリーは少し上体を傾けパネルに顔を近付ける。
小さな手を照準のボタンにかざし、タイミングを計る。
機体が施設に接近して行くと、ミサイルの照準を示すパネルに『目标』の文字が出現し、中央の十字のマークが赤く光る。
発射の条件が揃い、エリーは笑みを浮かべる。
「しっかり操縦桿を握ってなさい、グリズリー。
吹き飛ばされないようにね!」
徐々に王女の碧眼が光に満ちる。
小さな指がミサイル発射のボタンを押すと、機体の格納庫が開き、二つの鉄の塊が発射される。
発射された瞬間、機体が強く外側に煽られるような風圧を受け、吹き飛ばされかけるが、機体を横に振り遠心力でバランスを保とうとする。
バランスを保てたと思った途端、今度は強く弾丸に引き寄せられるような圧がかかる。
「クソが!」
即座にジェットエンジンを全開にしてこれに抗い、次に来ると予測される爆風に備え機体の向きを変える。
着弾と同時に、閃光が全てのものの視界を奪う。
そのすぐ後、激しい豪音と共にやってきた爆風に飛ばされる。
だが、施設のある方角と反対に向き変えていた機体は、背を押される形で被害なく爆心地からの退避に成功した。




