赤の王⑥
隼翔たちが中国に到着してから約二週間が経った頃、再び中国海・空軍が出撃の準備を進めていると、張宇豪を通して連絡があった。
これは日本にも伝えられ、日本軍らもまた迎え撃つ構えを取る。
それはつまり、隼翔たちの帝江襲撃計画の幕開けでもあった。
北京のある河北省。
そこから北にあるモンゴルとの国境、内蒙古の山間に山を削って更地を作り、建てられた巨大な資材倉庫があった。
……と言っても建設半ばで倉庫の管理会社が倒産し中止になった為、長らく幌をかけたまま放置され廃墟も同然だったのだが。
しかし、誰も近付かないこの広大な敷地と建屋。
武警がマフィアから押収した戦闘機を、政府に内緒で保管しておくには持って来いの場所だった。
鈍く黒光りする薄い翼に、ステルス戦闘機特有の丸みを帯びたフォルム。
コクピットは単座で、大きな液晶タッチパネルと幾つかの小型モニター。
当然の事ながら表示される言語は全て中国語なので、必要事項は高崎が翻訳し、ガムテープを貼ってその上にマジックで書いておいてくれた。
メンテナンスは元中国空軍の整備士をしていたという張の親戚が務め、貧弱だった武装もこの短期間の間に出来うる限り隼翔の要望通りに整えてくれた。
そう。出来うる限りの事はした。
「オイ、クソジジイ。
本当にこのまま行く気か?」
中国人民軍仕様の飛行スーツに着替えながら、隣で装備の点検を行っていた高崎に問いかける。
「何よ、今さら怖じ気づいたっての?」
「ちげーよ。シミュレータでの練習ばっかで、
結局実機での操縦訓練は出来なかっただろーが。
ぶっつけ本番一発勝負していい作戦じゃねぇだろうが」
今回の作戦上、どうしても実機での飛行訓練は不可能だった。
人気の無い田舎の山間部とは言え、謎の戦闘機が飛んでいたら流石に政府側……王の息のかかった人間たちに気付かれるだろう。
隼翔の心配をよそに、高崎は鼻歌混じりに平然と答える。
「んんー、だいじょーぶデショ。
基本的な操作を覚えたら、アンタの技術なら
北京まで行って帰って来るぐらい訳ないわよ」
「その道中、何に襲われるかわかんねーんだけどな」
隼翔が特に難儀したのが操縦桿だ。
これまで乗ってきた機種の殆どが、座席から見て中央に操縦桿が配置されているのだが、このJ-31やF-35は全て座席の横に備え付けられているサイドスティック方式だ。
これに慣れるのに苦労した。
「ハイ、じゃ、最後にこれ」
一通りの装備を身につけ終わった隼翔に、高崎が手渡した、三本の太い皮ベルトからなるもの。
「なんだよ、これ?」
「王女サマの身体を固定するベルトよ」
「あー、なるほど……ん?
そういえば、あのチビ助はどこに乗せんだ?」
隼翔は戦闘機のコクピットを見上げる。
今回乗る戦闘機は単座。一人乗りのものだ。
一体どこにエリー王女を乗せるのか。
「アンタの膝の上に決まってんでしょ」
「はあ?!」
隼翔は露骨に嫌そうな顔をする。
つまり、このベルトでエリーを膝の上に固定して戦えと。
すぐさま抗議しようと口を開いた隼翔を遮り、鈴の音を転がすような声が倉庫内に響く。
「そうよ、グリズリー。
このエリーを膝に乗せられる光栄を喜びなさい!」
声のした方向を見ると、かなりオーバーサイズな飛行スーツを身に着けたエリーが、ジョンを引き連れ仁王立ちしていた。
これだけサイズが大きくて、身体にかかる重力の負荷を軽減する為の加圧式スーツの意味があるのだろうか。
「Mr.高山、貴方と共に行くのはイギリス王国の王女。
無事に任務を遂行することは勿論、
くれぐれもエリー王女に粗相のないように」
「あー。お前もしつこいな」
ジョンは隼翔に何度目かわからぬ釘を刺す。
隠しているつもりだろうが、どうにもジョンはこの作戦に乗り気では無いのが伺える。
一国の王女を危険な目に合わせることになるのだから、これが普通の反応なのだろうが。
断れないのは、エリー自身がやる気に満ちている事に加え、作戦の発案者が他でもない女王陛下と、加えて同盟国の海軍大臣。
異議を唱えれば、この作戦と同様の成果をもたらす代案を要求して来るような人々だ。
そんなもの、思いつきやしない。
それに女王も赤城も、その先のものにも目を向けている。
二人の目指すべき道は全く違うのかもしれないが、少なくともジョン一人では、彼女らの敷くレールの上を歩むことしか出来ない。
これは隼翔たちにも言えることだが。
「ハヤト!エリー!準備はできたか?」
王女たちの次にやって来たのは、瑞岐と張。
足早に隼翔たちに駆け寄る。
「中国海軍は昨日すでに、空軍本隊も今、出撃していきました。
先発の海軍が海出ても嵐ないこと確認して、前よりももっと多くの数、出撃しています」
「日本本土への直接攻撃は陸軍がメインに持ちこたえてくれてるよ」
今回は確実に海上で交戦になる。
雷を呼ぶインドのウィザードも何処かに待機しているとのことだが、能力を発揮するかは状況次第だ。
飛騨の神風との兼ね合いで起きる異常気象の件も有り、二人の力を『同時』に『強く』、『広範囲』に発揮する戦法は以前より控えている。
いざという時は再びあの大きな力を借りる事になるかもしれないが、借りも被害も少ないにこしたことは無い。
しかしそれ故に、ウィザードの力を殆ど借りる事が出来ない状態で、中国の大軍勢に真正面から挑まざるをえない仲間に、瑞岐たちは不安を拭えない。
彼らの為に自分たちが出来るのは、この作戦を速やかに成功させ、中国軍を内側から崩すこと。
帝江の魔法が途切れた瞬間に中国軍が瓦解……とまではいかなくとも、上層部の混乱は避けられないと踏んでいる。
帝江襲撃が成功しさえすれば日本軍は撤退し、その後、轟雷の嵐を呼んで貰うでもいい。
張は隼翔やエリーに数枚の資料を手渡して、やや早口に概要を説明する。
「帝江の居場所は北京郊外ある、王の研究施設です。
これが地図と、施設の写真。
広い敷地、外壁全て有刺鉄線を張った目立つ建物なので、すぐわかる思います」
研究施設というよりは刑務所のような建物は、周囲から浮いて見え、張の言う通り確かに目立つ。
張から受け取った写真を眺めながら、エリーが呟く。
「これを壊せばいいのね。
地下室もあるのかしら?」
「はい。地下は二階まであります」
「ふふっ、じゃあ飛びっ切りの弾丸をお見舞いしてあげなきゃ。
地面がえぐれるくらいのね」
楽しそうに笑うエリーに、瑞岐が釘を刺す。
「エリー、くれぐれもやり過ぎないでくれよ。
周りには関係ない一般人がたくさん住んでるんだ」
「あら、まるで口煩いおばさまのようね、CrowMancer」
「チビ助の言う通りだ。
こいつは本当にこの歳で小煩いったらねえ」
「二人が自由奔放すぎるんだよ!!」
ピリピリと気を張っている瑞岐に、緊張感のない二人が目の前で悪口を叩く。
悪態をつきながら隼翔は張の隣まで歩いて行くと、その手から地図を奪う。
「今いるここからなら、北京まで五分はかからねえな」
地図を見ながら隼翔は距離と時間を試算した。
それを横から高崎が覗き込んでくる。
「そーね。
この研究施設とやらまで辿り着くのは簡単でしょーね。
北京まで飛ぶ五分程度なら、中国軍や武警もマトモな対応はできないでしょ。
問題は帰り道ね」
「目標吹っ飛ばしたら、オレらはどこに逃げりゃいいんだ?
ここに戻って来るのか?」
「バカね。ここに戻って来たら、この倉庫ごと包囲されて逃げらんなくなるわよ。
施設の破壊に成功したら日本海目指して飛びなさい。
日本の領海まで入ったら、後は日本空軍が手厚く出迎えてくれるわ」
「ちゃんと先のことまで考えてんのな、ジジイ」
「アタシはアンタみたいな単細胞じゃないのよ!
ていうか、行きは手薄だからって油断すんじゃないわよ!!
首都の真上飛んでたって対空ミサイルぶっ放すわよ、アイツら」
「ああ、何とかするわ。オレもまだ死にたかねえ」
隼翔はそう言って肩を竦め、張の隣で緊張し黙っていた瑞岐を見る。
「せいぜい頑張ってくれよ?ガーディアンさんよ」
笑いながら、いつもの軽い口調で少年を指さす。
「緊張しすぎよ、CrowMancer」
隼翔に続いてエリーも笑う。
肝の据わった二人に、感心と呆れが入り交じった溜め息が出るが、そのお陰か少し緊張が解れた。
「うん、僕が二人を守らなきゃね」
「ちょっと、アンタたち。
優秀な航空管制官がついてるのを忘れんじゃないわよ。
八咫烏の動きはアタシが指示出すんだから、絶対成功させてやるの」
「そうです。それに帝江の死、確認したら通信も繋げられる。
我々、反王派ももっと協力する、できます」
高崎や張も、彼らなりに皆を鼓舞する。
深呼吸し、瑞岐は皆を見渡すと、はっきりと声に出す。
「よし、行こう」
迷わずに、真っ直ぐ正しいと思う分岐路を行く。
「はい。どうか、王から中国、守る為に」
「日本も、だろ?」
「あら、どうせならイギリスも入れて頂戴」
「メンドクサイわね。
もういっそ世界を守るって宣言しちゃいなさいな」
隼翔とエリーは戦闘機に、瑞岐たちは張の運転する車に乗り込む。
戦闘機のメンテナンスをしてくれていた張の仲間たちが倉庫の扉を開けると、戦闘機はゆっくりと表の広場へと滑走する。
その脇を張の車が通る。
すれ違い様、隼翔は瑞岐に拳を突き出し親指を立てて見せた。
瑞岐もそれに力強く頷いて返す。
穢れない空を翔ける八咫烏。
どうか、僕たちを正しい道に導いてくれ。
この話に出てくる外国人キャラ、ほとんどが仕事で知り会った外国人がモデルだったりします。
仕草とか外見とか下手すると名前が一部そのままですが、まさかこんな狂人たちのモデルにされているとは思いますまい。
狂人だらけで原型はさほど残ってないからセーフ。たぶん。




