071 赤の王⑤
「……は?」
隼翔のみならず瑞岐も気の抜けた声を上げ、二人でエリーの顔を見る。
そんな二人を意に介さず、王女は両手で茶器を持ち、ふうふうと冷ましながら呑気に茶を飲む。
「楽しみだわ。ステルス戦闘機なんて、初めて乗るもの」
ワクワクを押さえきれない、という風に、エリーはうっとりした表情で空想に耽る。
「いやいや、ちょっと待て!」
隼翔は思わず立ち上がり、机を強く叩いて抗議する。
「まさか、このチビ助を乗せて飛ぶのか?!」
エリーに人差し指を突き付け、高崎に問うが、高崎は素知らぬ顔でヘアスタイル?を整えている。
無礼な隼翔には、すかさずジョンが訂正する。
「チビ助ではなく、エリー王女です」
そう。この幼い少女は一国の王女だ。
やんごとなきお方をゲリラ戦を仕掛ける戦闘機に乗せて戦う?
王女に何かあったら大変な国際問題。
問題は勿論それだけではない。
「冗談じゃねぇ!ヘリやセスナじゃねーんだぞ?!」
一般人でも搭乗できる航空機と、戦闘機では搭乗者への体の負荷が桁違いだ。
戦闘機に乗る為の訓練もしていない人間が、航空戦を繰り広げる機体に乗って一緒に戦うなど無茶である。
特に隼翔はアクロバットな動きで敵を翻弄する戦法を得意とする。
そんな隼翔の機体に同乗するなど、普通の人間にはそもそも無理だと彼は思っている。
「前に試しミズキ乗せて飛んでみた事あんだよ。二人乗りの練習機で。
空母の上じゃなくて、わざわざ風の穏やかな日に陸から飛んでやったんだよ。
なのにコイツ、離陸したら秒で吐いて気ぃ失ったんだぞ?」
「……うん。やっぱり戦闘機って訓練した人じゃないと乗れないものなんだね」
嫌な記憶を思い出し、瑞岐は遠い目をする。
そう、少し前だ。
航空戦を繰り広げるパイロットの動きというものを体験して、八咫烏たちの戦法に生かせないかと思い、隼翔に頼んで乗せて貰った事があった。
が、結果は隼翔の言うとおりで、すぐに気絶したので、何の成果にもならなかった。
「念の為に他所の隊の練習機借りといてよかったぜ。
自分の乗る奴にゲロぶちまけられたら堪ったもんじゃねえ」
「……アンタらサイテーね」
高崎が突き刺す様な眼で二人を睨む。
人様の機体に吐しゃ物を盛大にまき散らして来た事に、元パイロットとして軽蔑する。
「ち、ちゃんと掃除はしてきたよ!!」
「そーゆう問題じゃねーわよ」
瑞岐は慌てて弁明した後、それかけた話を元の軌道に戻す。
「そういう事だからエリー、君の作戦は面白いと思うけど、非現実的だよ。
もっと他の方法を探した方が良いと思う」
「あら、どうして?
エリーはエアファイターに乗れないとでも?」
キョトンとした顔で、少女は少年に聞き返す。
「そう思っているなら、無礼にも程があるわね。
この私がそんな事も考えられないと思っているのかしら」
威風堂々と胸を張る王女に、今度は瑞岐がキョトンとする。
エリーの代わりにジョンが答えた。
「エリー王女は、英国空軍、戦闘機乗組員用の適性検査を受けています」
ジョンの言う戦闘機パイロットの適性検査とは、新人パイロットたちを航空機に乗せて、搭乗時の身体への負担を経験させるもの。
実践ほど激しい動きでは無いとはいえ、未経験者には身体への負荷が激しい為、嘔吐する者、気絶する者が絶えない。
「そうよ。去年、新米さんたちと一緒に乗せてもらったの。
急に上がったり下がったり、回ったり、すごく楽しかったわ!」
「王女の仰る通り、同時に受けた誰よりも実技検査を平然とこなされていました」
「ウソだろ。マジか」
二重の意味で隼翔の顔は引きつる。
「え……っと、じゃあ、僕は……?」
おずおずと瑞岐が自身の役割を尋ねる。
「隼翔ちゃんの護衛と囮、あとは連絡係かしらね。
レーダーやらに反応しないとはいえ、アンタの零戦は目立つから囮にピッタリなのよ。
それに八咫烏は色んな機体に変えられるデショ?
烏の種類の変化を使って、アタシから隼翔ちゃんに指示を出す手伝いをしてちょーだい」
高崎はあっさり答えた。
「え、ええ?!」
顔と両手を横に振って瑞岐は要求を断ろうとする。
「か、簡単に言うけど、ハヤトの護衛なんて僕には無理……」
瑞岐の言葉を遮って、張が椅子から立ち上がる。
そして頭を下げる。
「お願いします、成瀬大佐。そして高山少尉」
その様子と言葉に、全員が押し黙る。
中国人が頭を下げるということは、滅多にあることではない。
この国では首を垂れるということは相手が親か、尊敬に値する年長者か、はたまた神への祈願の時だけだろう。
張が日本の礼節に合わせた、それだけではなく、彼の強い意志によるもの。
「私は。いいえ、私たち反王派はこの戦いに命、かけています。
生まれ育った大切な故郷を、王の支配で、
帝江の歌で麻薬中毒にされるは、これ以上は絶対に許さない。
それに王は日本まで手に入れようとしている。
だから貴方たち協力してもらう意味、たくさんあります」
ゆっくりと頭を上げ、張はさらに力強く熱弁を振るう。
「まだ王に手が届く、今、王を倒さないといけない。
それしないと、王はもっと大きな力、手に入れる。
王は世界最大のマフィア『カオス・エデン』と手を結ぼうとしている。
中国が『カオス・エデン』に飲まれたら、アジアも中米や南米のようになる……!」
聞き覚えのある組織名に、隼翔と瑞岐の顔色が変わる。
カオス・エデン。
以前、隼翔を半殺しにした不死の魔女、エンジェルが幹部を務める組織。
中米を核とする巨大マフィア。
これまで幾度と無く小細工を仕掛けて来てはいたが、成る程、此度の不自然な日中開戦、裏で糸引くのはマフィア。
アジアの二大国が戦争となれば、アジア全体が不安定になる。
そこにつけこむ気だろうか。
皆の考え込む顔をよそに、小さな中国茶器に入っていた全ての茶を飲み干し、高崎は一息つく。
茶器をテーブルに置いてから隣にいる二人に視線だけ送り、にやりと笑う。
「危険極まりない任務だけど、リターンも、どデカいヤマよ。
あの赤城が、大事に籠の中で飼ってた瑞岐ちゃんを送り込むって、よっぽどよ」
隼翔と瑞岐はここで初めて、この作戦の考案者が誰か知る。
「うふふ、エリーはそんなことどうでもいいけど。
でも楽しいことがしたいから協力してあげるんだから。
しっかり王女様を守って頂戴ね。ガーディアンさんたち」
心底楽しそうに、無邪気に、エリー王女が笑う。
それを後押しとばかりに、高崎は決断を迫った。
「さ、腹くくんなさい。
ここ一番の大勝負、失敗は許されないわよ」




