069 赤の王③
長い道のりを越えて、北京のお膝元、河北省との境までやって来た。
都市部はともかく、人里離れた山道には雪が積もり、舗装もされていなかった為、思った以上に厳しい旅になってしまった。
若いエリーや瑞岐は始終観光気分ではしゃいでいたが、隼翔は途中から愚痴が増えた。
口には出さないものの、ジョンもかなりしんどそうだ。
高崎に至ってはエベレストからマリアナ海溝程度にはテンションが下がっていた。
ようやく車が止まり、ある施設の前で止まった。
一同はそこで降ろされたのだが、全員が全員微妙な表情を浮かべる。
それというのも、その施設……というよりは。
「民家?」
かつて農家だったのだろうか。
家の周りには雑草だらけの荒れ果てた畑がいくつかあり、朽ちた水桶や農具小屋も佇んでいた。
関心の家自体もかなり年期が入っているようで、白い土壁にはひび割れが目立つ。
「えらくボロボロな家だな」
相変わらず歯に衣着せぬ物言いで、隼翔が感想を述べる。
その時、家の奥から人が現れ、一同の前に姿を現した。
「中国の貧しい山村はこいうものです。インフラ整備の行き届いてない場所、多い」
中国人独特の訛りはあるが、流暢な日本語だ。
現れたのは、40代半ばと思われる痩身の男性。
この古めかしく貧しい家屋とは相反する、真新しいスーツを纏う紳士であった。
南方地方の中国人によく見られる大きな眼鼻が印象的だ。
「初めまして、日本と英国の朋友。私は、張 宇豪といいます。
反王派筆頭であり、いつもは外交官しています」
きっちりと固めまとめた髪に、気品ある仕草。
日本語が達者なのも、外交官という職業故か。
「初めまして、Mr.張。イギリスのエリー・A・マーガレットよ。
あなたのことは聞いているわ」
そう言ってエリーは握手を求めた。
張は笑顔でそれに応じる。
「お目にかかれて光栄です。プリンセス・エリー」
英国側と面識があるということは、この男、信用してもいいのだろうか。
などと隼翔や瑞岐が考えていると、男は家の奥へと案内した。
「外は誰に見られる、わかりません。家の中へどうぞ。
安心して下さい。ここは私の遠い親戚の家。
電気が通ってないだから盗聴も心配ない。
少し不便は……それは許して下さい」
苦笑しながら張は中へ案内する。
この家の中で一番広いのであろう居間に通される。
火鉢のようなもので炭を燃やし石を焼き、暖を取っていたからか、部屋は暖かい。
古いのは家の中も同様だが、大切な客人が来るということで、念入りに掃除をしてくれていたのがわかる。
使い込まれた板敷きの床には不釣り合いな、新品で綺麗な大きな丸いテーブルと、人数分の椅子が用意されていた。
張がどうぞ、と各々椅子に座るよう促す。
最初にジョンがエリーの為に椅子を引き、王女がそこに座る。
それを見届けてから瑞岐たちは着席する。
張はポータブル発電機を利用して部屋の灯りを点け、自身も席に着いた。
「貴方が噂の烏使いですね」
張が瑞岐を見て微笑む。
その言葉に瑞岐は、はっとする。
自分たちがまだ一切名乗っていないことに。
「あ……自己紹介が遅れました。日本海軍の成瀬瑞岐大佐です。
こっちは同じく海軍の戦闘機パイロット、高山隼翔少尉。
その向こうが空軍の……」
「高崎薫。航空管制官。大尉よ」
瑞岐が順に紹介していくが、高崎はそれよりも先に自ら名乗る。
すると、隣で聞いていた隼翔が茶化す。
「意外と偉いんだな、ジジイ」
「おだまり!」
高崎は隼翔にジジイ呼ばわりされる度に歯を剥き出して威嚇するのである。
「個性的なパーティですね。良いと思います」
張はニコニコしているが、褒められているのか微妙だ。
「ええと、チャンさん、でしたよね?」
「はい。でも私の名前は日本語ではチョウと読むでしょう?
だから皆さん、私を呼ぶ時は張で良いです」
「わかりました、張さん。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。成瀬大佐」
張は瑞岐に手を差し出し、瑞岐もそれに答えて握手する。
一通り自己紹介が終わる頃、家の台所から老婆が一人、暖かいお茶を運んで来てくれた。
穏やかそうな老婆と張は中国語で短く何かを話すと、老婆は一同に微笑んでから奥の間に消えて行った。
この家の主人で、張の親戚なのだろうか。
お茶は烏龍茶のように見えるが、ほのかに花の香がする。
馴染みの無い味だが美味い。冷え切った体に染み、香りに癒される。
一呼吸置いて、張が話を切り出した。
「わざわざ田舎の古い家に呼び出して申し訳ないです。
本当は北京の高級ホテルに招待したかったですが、
中国共産党は色んな所に、盗聴、盗撮、スパイしてます。
だからここ、一番安全です。ここなら詳しい話しても心配ない」
隼翔たちも中国入国に際して、自身のスマホやパソコンなど、通信機器を持ち込むのを禁止された。
利用した回線、所持している端末から身元を特定されたらお終いだ。
この国で、それも抗争中の今、政府に内緒で敵国の軍人と一緒に居る事などばれたら、張も隼翔たちも即座に牢獄行き。
それも政府高官の失脚、クーデターを企てていたなど知れたならば、この国でどんな裁きを受けるだろうか。
特に中国国籍の張に架せられる罰は、軽くて本人の死罪。
最悪、一族親類縁者全員が懲役、死罪も有り得る。
それが一党独裁の共産主義国、中国が歩んできた道である。
「何から話すが良いでしょう……」
「そうね、まずは王浩然か帝江の詳しい話が聞きたいわ」
「わかりました」
張が迷っていると、エリーが先を促した。
「王浩然を敵に回すのに、一番気をつけなければいけない。
それが帝江、梨花という娘の歌です」
先日の会議でも話題に登った帝江。
その詳細を知る事ができる。
それも、中国の政治中枢にいる者の口から。
「私の知る事は全部でないでしょう。でも、知っている限りの事、言います」
張は紙にプリントアウトした写真を見せる。
そこには白いチャイナドレスの可憐な少女が映っていた。
「彼女が、帝江、梨花。
いつかわからないですが、王が山奥の村で見つけて来たらしいです。
彼女の歌声は人を狂わす。
研究者の話では、麻薬のように脳の神経伝達物質に異常おこす。
阿片のような強い中毒性、刺激剤のような強い興奮作用。
だから彼女の歌は絶対、聞くはいけない。
王はテレビ、ラジオ、ネット配信、ありとあらゆる物に歌乗せる。
ですから皆さん、中国に居る間、絶対テレビやネット、通信機器の音、聞かないでください」
張の言葉に厳しさが募る。
「ちょっと待って、Mr.張。
通信機器を使わずにどうやって奇襲作戦を決行するのかしら?」
エリーが疑問に思うのも無理は無い。
見知らぬこの地で通信機器も使えず、どうやって行動するのか。
「……帝江の歌は抜け穴が、あります」
質問に張は鋭い瞳で答える。
「彼女の歌、稀に効かない人間居ます。私もその一人。
歌が効かない私の仲間たち通して、皆さんへ連絡します」
張は梨花の歌が効かない。
効かない故に王に心酔する事無く、冷静に祖国の危機に気付き、密かに反王派を集め、その失脚を狙っている。
愛すべき祖国が帝江の歌で中毒死するなど、許される事ではない。
「ふ~ん、な・る・ほ・ど・ねぇ~」
今まで大人しくしていた高崎が甲高い声を上げる。
「通信機器が使えないって事は、戦闘機のパイロットに管制官から直接指示は出来ないって事よネ。
となると、一部レーダーや自動照準も使え無くなるけど、大丈夫?隼翔ちゃん」
この作戦に、わざわざ隼翔が、優秀なパイロットが必要だと言うからには航空機での攻撃を想定しているだろう事は想像できていた。
瑞岐の八咫烏の力を生かす為にも、その護衛は欠かせない。
王の力の根源である帝江、彼女の居る施設に謎の航空機が近付いて来たら、間違い無く中国軍や施設から制止の通信が入る。
そこに帝江の歌を仕込まれたら。
……それを防ぐ為に、全ての通信機器をオフにしろと言う事か。
外部からの情報を完全にシャットアウトして、追っ手たちとの航空戦ができるか、と高崎は問いかけている。
「んなもん、敵の数や質にもよるが……。
まあ自分の身を守るくらいなら何とかなるだろ。
けど、ミズキのカラスたちまで面倒見切れるかはわかんねぇ」
アメリカでの中米戦線派遣の時、一度だけ無線が壊れ、仲間との通信が出来なくなった事があった。
その時は何とか敵機を撒き母艦に戻ったが、仲間たちとの連携が取れず苦労した。
それを思い出し、隼翔は答えたのだった。




