066 天使②
一つ目の羽根がただれる時、
空から炎と氷が降り注ぐ。
そして大地の緑は枯れ果てる。
二つ目の羽根が切られる時、
山が火を噴き海を汚す。
そして海の命は死に絶える。
三つ目の羽根が凍る時、
ニガヨモギが川を汚す。
川の毒で人々は苦しむでしょう。
四つ目の羽根が燃える時。
数多の星屑も、赤い夕焼けも、
そして朝日も夜闇に飲まれる。
五つ目の羽根がもげる時、
底無しの穴から悪魔が現れて
人々は長き苦痛を味わうでしょう。
六つ目の羽根が消える時、
天使に仕える四人の騎士が
世界に四つの災いをもたらす。
全ての羽根を失った時、
世界には真の平穏が訪れる。
万物にただひとつ平等に与えられる安らぎ。
人々は苦難から救われるでしょう。
死という安らぎを与えられて。
透き通るような歌声。
非情なまでに冷静に、この地獄のような戦場を見つめる瞳。
彼女が唯一知っている歌を口ずさむ。
幼い頃、眠る前にいつも聴かされた聖書の一節を、数え歌のようにしたもの。
目の前で翼に星が描かれた航空機が墜落していく。
それが墜ちた先は、大破した軍艦と、それから漏れ出たオイルで黒く染まる海。
黒い水はやがて火の手が上がり、まるで海が燃えているような不思議な光景を、少女の目に映す。
この冷たい眼差しは、生まれ育った場所と、炎と煙と血に塗れた戦場しか知らない。
陶磁器のように白い肌、銀色の長い髪を持つ少女は、その身に喪服のような黒のドレスとベールを纏う。
そして、黒い衣装と対照的とも言える背中の白い翼は、彼女を異形たらしめた。
鳥のように身一つで空を舞う事のできる翼。
空翔ける鳥と違うのは、彼女の背にある翼は六つあること。
その六つの羽根は、空を飛ぶ為だけの物では無く、 人に災厄を与える為の物だということ。
彼女は主人から仰せつかった用事が終わった事を見届けると、彼女の自宅と言うべき場所へと飛び立つ。
空を翔けながら、少女は誰にでもなくひとり呟く。
「終わったわ。エンジェル。
ルキは、もう一人でも飛べる」
少女は、つい先日つけてもらったばかりの自身の名前が気に入っていた。
それまでは名前など無く、ファクトリーで生まれた子に各自割り振られた番号で呼ばれていたから。
少女の力を気に入った主人が、特別に彼女に名前を与えてくれた。
そして、ファクトリーの外に出ることを許された。
主人から受けた命令をこなす為に。
『ルキファー。お前の役目は、五十の星屑に終焉を与えてやることさ』
主人の姿を、表情を、声を思い出す。
今度はいつ帰ってきてくれるのかしら。エンジェル。
そんなことを考えながら、背中の六枚の羽根を操り、空を舞う。
その喪服の少女の姿を見たのは、ただ一人。
カチーナと呼ばれる精霊の、禿鷲に似た姿のものであった。
探し物を見つけたカチーナは、少女の姿を見た場所から五十マイル先の海上を飛ぶ鉄の塊に戻ってきた。
カチーナにとっては話相手の友人である、術者・マイケルの元に。
そして彼の耳元で見てきた事を囁く。
それを聞き、マイケルの表情が険しくなる。
「ダグラス中佐、カチーナが見つけたよ」
マイケルは隣で狭そうに縮こまっている、初老の紳士にカチーナの帰還を告げる。
「本当か?!」
中佐の顔が、ぱっと明るい表情を浮かべた。
「中佐、ウィザードはすでに戦場を離脱しようとしている。追いかけるかい?」
それにはカチーナだけでなく、このヘリコプターごと追いかけなければならないが。
「いや。これ以上戦場に近付くのは推奨できない。
戦場では原因不明の疫病や通信不良が起こっている。君をこれ以上危険に晒すことはできない」
ダグラスはマイケルの肩に手を置き、首を横に振る。
やや悔しそうに、マイケルもそれを了解する。
「では、一旦帰ろう」
ヘリの運転士にダグラスは軍港への帰還を促す。
運転士が頷くと、ホバリングしていたヘリの頭はゆっくりと方角を変え、移動を始める。
「詳しい事は帰ってから聞くが……“彼ら”は何と言っていたんだ?」
ダグラスの問いに、マイケルは改めてカチーナの言葉に耳を傾ける。
「……中佐の見せてくれた映像。あれは、ひとりのウィザードの仕業らしい」
「な、なんと?!」
ダグラスは一人の人間が出した被害の、余りの大きさに驚愕する。
「そ、それで、そいつはどんな奴なんだ?!」
囁くカチーナの言葉を頭の中で纏めると、マイケルは呟いた。
「羽根が六枚の……天使」
なんか噂で聞いたんすけどぉ。
黙示録を一国で成し遂げる勢いの国が実在するとかー。




