065 天使①
アメリカ合衆国のウィザードの一人、マイケルは此度の対マフィア西海岸沖戦線に駆り出された。
100㎏を余裕で越える巨体にボサボサの髪、襟が伸びきったTシャツ、短パンのポケットには無造作に炭酸飲料のペットボトルを押し込み、小脇には常にポテトスナックを携えている。
規律に厳しい軍隊の中においても、『特別ゲスト』である彼は自由気ままに飲食し、暇さえあればビデオゲームに勤しんでいる。
マイケルは軍には所属していない。
政府公認の研究施設の客員として扱われているのだが、今回の戦いにおいて彼の能力を必要とした軍部から協力依頼が来た。
その為、わざわざこうして前線近くの軍港まで足を運んだ。
マイケルの能力は探知。
彼にしか見えない彼の使い魔と呼ぶべき者たちは、マイケル以外のウィザードの魔力に反応して、それを探知した場所へ飛んで行く。
魔法を使った人間を捜し出し、その存在をマイケルに囁くのだ。
マイケルはその使い魔を『カチーナ』と呼ぶ。
インディアンと呼ばれた自身の祖先たちが崇めた、万物に宿るとされる精霊のような存在。
かつて祭祀の依り代として扱われたカチーナを模った人形、それはマイケルの魔法の触媒となった。
彼にしか見えない精霊は、まさにこの人形の姿に似ていると、マイケルは語る。
これまでにカチーナが捜し出したウィザードは、二桁に上る。
その中には、マフィア幹部『No Life』エンジェルも含まれる。
カチーナから聞いた情報を頼りに彼女の外見を割り出し、街中の監視カメラの映像を解析。
彼女が易々とアメリカ国内に侵入出来ない対策を講じる事に、おおいに役立った。
マイケルは両親と共にアリゾナ州に住んでいたが、魔法の力が開花してからというもの、政府からの要請で、アメリカ国内各地を転々としていた。
彼の力で国内にいるウィザードを探し出す為である。
残念ながらカチーナは、単独では遠くまでウィザード探しに行く事が出来ない。
術者であるマイケルから約五十マイル先へ行くがやっと、というところだろうか。
なので、マイケル本人が移動しながらカチーナの反応を見る必要があった。
そしてこの度、アメリカ国内のウィザード探しを中断してまで、カリフォルニアの軍港までやって来た理由。
交戦中のマフィアの軍勢の中に居るウィザードの割り出しである。
愛すべき祖国の、母なる大地の危機に、いつに無く真剣な眼差しで資料に目を通す。
本部での情報統括に携わるダグラス海軍中佐と共に、マフィア軍ウィザードによる被害状況を確認した。
「ひとつ目の現象はこれだ」
白い髪に白い口髭を蓄えた初老の軍人は、前線から送られてきた映像を見せる。
「この虫の群れかい?」
マイケルが映像を指差すと、ダグラスが頷く。
映像には、数えきれない程の昆虫が船底の食料庫を荒らしているものであった。
「そう。蝗だ。何処からともなく現れた蝗の群れが、軍艦や戦闘機に群がり、食料を食い尽くしてしまうそうだ」
「oh……こんな海の真ん中で?」
陸でしか生きれぬ昆虫が、いくら羽根があるとはいえ、海を越えて船や飛行機にまでやって来るなど、有り得ない。
「次はこれだ」
ダグラスが次の映像をモニターに映す。
医務室らしき場所で治療を受ける軍人たち。
戦いで負った怪我の治療かと思ったが、何か様子がおかしい。
怪我の治療というよりは、病気の治療のようである。
マイケルがそれを言葉にするより早く、ダグラスが解説してくれた。
「戦いに参加した者の間で、原因不明の病が蔓延している。
発熱、頭痛、下痢、嘔吐、出血斑などの症状を訴える。特に目に付くのが、この出血斑だ。
酷い者になると、手足から壊死を起こし全身黒いあざだらけになり……最悪、死に至る」
「全身に黒いあざ?……それって……」
「黒死病。症状はまさにペストその物だ。
しかし、発症した者からペスト菌は検出されなかった。
ペストのワクチンも治療も効果が無い。現在の医学でも原因が一切不明だ」
病理に苦しんでいる人間をいくら調べても、原因となり得る菌やウイルスの類が分からない。
故に治療は困難を極める。
「そして最後に……」
ダグラスは映像を切り替える。
攻撃を受けたらしき軍艦や戦闘機の映像。
恐らく砲撃や機関銃で受けたであろう傷跡。
戦場での光景としては、当たり前と言えば当たり前な映像にマイケルは首を傾げる。
「これの何がおかしいって言うんだい?」
「マイケル、これはな。全て味方同士で相打ちして出た被害なのだよ」
「相打ちって……こんなに沢山?!」
戦場での誤射は、普段であっても起こり得る。
しかし、提出された映像に映っているのは、軍艦10隻以上、航空機に至っては数え切れないほどだ。
「誤射した者は皆、口を揃えて言うのだよ。管制官の言う通りに動いたと。
だが、管制官たちはそんな指示など出していないと言う」
「おかしな話だ」
「全くだよ。揃いも揃って幻覚でも見ていたのか」
ダグラスはため息を吐きながら白髪を撫でつける。
その格好は、お手上げだと言わんばかりだ。
「飢餓、疫病、支配、死者の山。これではまるで、ヨハネの黙示録ではないか」
天使が終末のラッパを鳴らす時、四人の騎士が出でて災いをもたらす。
まず、白い騎士が現れて支配階級の腐敗をもたらし、次に赤い騎士が現れて内乱を、その次は黒い騎士が現れ飢餓を、最後の青白い騎士が疫病と死をもたらす。
保守的なキリスト教徒であるダグラスは、聖書の一節を思い出す。
マイケルはクリスチャンでは無いものの、キリスト教の基本的な知識は持ち合わせているので、ダグラスが言いたい事は理解できた。
ポケットに忍ばせていたカチーナ人形を取り出し、マイケルは祈りを捧げる。
「風と大地の声に反する出来事だ。
これはきっと、悪しき魔法使いが振り撒いた災いに違いない」
マイケルが祈ると、彼の肩に座る幾人かのカチーナが姿を現す。
……と言っても、精霊の姿は彼にしか見えないのだが。
マイケルがカチーナに魔力探知を祈るが、カチーナたちは素知らぬ顔で、動く気配が無い。
カチーナを肩に乗せたまま、マイケルは首を横に振る。
「ダグラス中佐、だめだ。ここではカチーナたちが反応しない。もっと戦場の近くまで行けないかい?」
もっと近付かなければ、カチーナは魔力を感じ取ってくれない。
「わかった。すぐにヘリを手配する。マイケル、君はヘリコプターへの搭乗経験はあるかい?」
「ああ。ウィザード探しの時に何度かね」
「ならば、大丈夫か」
三半規管の弱い者だと、ヘリコプターの振動で体調を崩してしまう。
ダグラスはそれを心配したが、問題は無さそうだ。
どちらかと言えば、そう。
彼の体の重みの方が心配か、とダグラスは密かに苦笑する。




