064 風神雷神5
なんとなく、イギリス側が何をせんとしているか読めてきた。
赤城はひとつ大きく息を吐くと、前のめり気味だった姿勢を正す。
『……中国国内で厳重に守られている帝江の暗殺、か』
瑞岐やエリーの魔法の破壊力であれば、要塞だろうが核シェルターだろうが問題無いだろう。
後は居場所の特定。
そして、最も大きな問題として、二人がその場所まで行く必要がある。
「現在、日本は全ての民間航空機の運行を取りやめています。
中国側も、アメリカとマフィアの戦争を理由に相当に渡航を制限されている。
エリー王女と成瀬大佐にはロシア経由で陸路で中国国内に侵入して頂きます。
ロシア中国国境とまで行かなくとも、ウラジオストクまで辿り着くことができれば、反王派の協力者が迎えに来れるでしょう」
ジョンの説明を一同は黙って聴く。
「この作戦を決行するのは、次に中国海軍が動いた時。再び日本海軍に出撃して頂きたい。
エリー王女と成瀬大佐が出向いたという体で」
『海軍が、囮か』
「はい。戦艦・プリンセスエリー、そして日本海軍の空母・国津神。
この二隻が揃っていれば、中国軍は本気で潰しに来るでしょう。その隙を狙います」
『成る程。しかし……』
「ねえ、Mr.アカギ」
赤城が話すのを遮り、エリーが割って入る。
「イギリスはもう、たくさんお話をしてあげたと思うの。
今度はニッポンの番じゃないかしら?」
エリーは先程の約束の事を言っている。
イギリスが情報提供と帝江暗殺の協力をする代わりに、嵐と雷を起こしたウィザードについて教えろ、と。
赤城は考える。
ウィザードの存在、その能力の開示は国家機密をばら撒く事と同義。
特に陸軍の飛騨龍彦中将。
彼の巻き起こす神風は、国防の要。
飛騨の事、飛騨の能力を知る人間が増えるのはリスクが高過ぎる。
それこそ帝江の暗殺を企てている、自分たちのような人間が出て来るのは間違いない。
考えた結果、赤城はゆっくりと口を開く。
『……我が国には、成瀬大佐の他にもう一名、ウィザードが居る。その者の力は気象を操る』
「あ、赤城閣下?!」
想定外の秘密の開示に、思わず鳳司令長官が立ち上がる。
『良い。全ての責任は私が負う』
鳳を赤城は手で制す。
『ただ王女殿下。その者は我が海軍の所属ではない為、私が知りうる限りの情報となる事、ご理解頂きたい』
「いいわ。でも、その情報次第では、イギリスの協力の仕方も変わるわよ?」
『畏まりました。どうぞ、仰せのままに』
赤城は笑うが、眼には微かな鋭さを孕む。
長い付き合いの班目はよく知っている。
赤城がこの眼をする時は、何かを企んでいる時だ。
『我が国のもう一人のウィザードは、気象を操り嵐を呼ぶ。
海は荒れ狂い、風が道を断つ。
我が国を仇なすもの全てを嵐が無力化する』
この国を護る風。
かつて日本を襲ったモンゴル帝国、その軍を蹴散らした嵐。
護国の象徴「神風」にあやかって、飛騨の力に名付けられた。
「ふぅーん。じゃあ、最近のアジアの異常気象も、その魔法使いさんの力のせいなのかしら」
エリーは度々起こった嵐の、魔法による副作用を言っている。
中国の帝江が歌の副作用で人を狂い死なせたように、日本のウィザードによる嵐の影響で此度の異常気象が起こっているのかと。
『……恐らくは。それに関しては想定外でした。
日本を守る為に、能力を行使した故の副作用だとしたらば……。
被災された方々には申し訳無いが、我が国も身を守る為、仕方の無かった事』
飛騨の風の力と、インドの雷使いの力が悪い方向で噛みあってしまった。
大きく気象を操る二つの力が、東アジアに異常たる空気の流れを作ってしまった。
「……正当防衛、とはいえ……な」
悔やむ様に武田艦長が呟く。
こうなる事が分かっていたのなら、他にもやり方があったのかもしれない。
しかし、結果は取り消せない。
『如何せん、実戦でこの力を強く幾度も使うのは初めての事。
今後は少し在り方を変えなければなりませんな。今回の様な被害を出さぬ為にも』
黙って話を聞いていた瑞岐は、陸軍の飛騨の顔を思い出す。
正義感と責任感の強い飛騨の事だ。
自身の力のせいで起こった災厄に自責し、苦しんでいるのではないか。
「そうねぇ。それなら確かに嵐を呼ぶ魔法使いさんのことはヒミツにしておかないといけないわね」
人差し指を口元に当て、考えながらエリーは喋る。
「いろんな国でたくさん被害を出してる原因をニッポン人が作ったなんて知られたら、
いろんな国から賠償金を請求されてしまうもの」
あっけらかんと放つ王女の言葉に、一同は絶句する。
日英の道徳心の違いなのだろうか?
それとも、この王女様独自の考え方なのだろうか。
倫理観を捨て、損得だけで考えたら、それはそうなのだろうが。
「失礼、Mr.赤城」
空気を破り、ジョンが赤城に呼びかける。
『なんだろうか』
「日本にいるもう一人のウィザード……成瀬大佐以外の気象を操るウィザードですが。
その方は我が艦隊が海上で見舞われた雷雨とは関係があるのですか?」
ジョンの言葉に場の空気が張り詰める。
日本海軍の面々は、各々に平静を装って見せる。
雷を使うインド軍のウィザードは、味方であるイギリスにも漏らす訳にはいかない。
赤城は悟られぬよう、ちらりとジョンを視る。
先程から赤城は、飛騨の能力を『気象を操る事』とぼかして伝えてきた。
インド軍のウィザードの能力と混同するよう、ミスリードしてきたつもりだったが、どうやらこの男、一筋縄ではいかないようだ。
……いや、一筋縄でいかないのは恐らく、この男の後ろにいる者。
くっ、と小さく赤城は笑う。
相変わらず、小賢しい。
鉄面皮のごく僅かな表情の変化に気付いた者は、居なかった。
『申し訳ない、Mr.ジョン。
先程も申し上げた通り、気象を操るウィザードは我が海軍の管轄ではない。
その者の力で私が知っている事は、これで全てなのだ。
海上での嵐の件も、知ったのは私も直前の事だ。
退避指示も総理大臣から間接的に聞いた情報を頼りに出したまで。
仮にこれ以上の情報を得たとて、私の一存ではお教えする事も出来ない』
そう、嘘は言っていない。
奴らが何を掴んでいるかは知らないが、ここは知らぬ存ぜぬを通すしかない。
ウィザードの情報を秘匿することが、インド軍が協力する条件の一つなのだから。




