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HOLY WORLD  作者: (仮)
65/93

063 風神雷神4

狂死。


聞き慣れない単語に、一同は戸惑った。


人心を操る能力を行使した結果、自軍兵士の精神を蝕み、死に至らせたと言う事なのか。


『彼らを看取った軍医たちが言っていたよ。

 重度の麻薬常習者に見られる、薬が切れた時の禁断症状に似ているらしい』

赤城はあえて口にしなかったが、彼らを収容している軍用病院の現状は、悲惨この上なかった。

壁に向かい、虚ろな瞳で独り言を喋り続ける者。

幻覚や幻聴に苛まれ、自身や周りを傷つける者。

まともに意思疎通できる者など居なかった。

国際条約に縛られた日本では、彼らを拘束して動きを制限する訳にもいかず、それぞれを個室に収容していた。

が、その為に錯乱による自傷行為で幾人もの死傷者が出てしまっている。

人権を守る筈の条約が、逆に人を死に至らせていることに憤りを禁じえない。

『中国軍の下っ端連中には覚醒剤の類を投与されているんじゃあないかと、捕虜全員の髪や尿を検査した。

 しかし薬物反応は一切無かったそうだ』

魔女の力で死をも恐れぬ狂戦士を造り、捕囚となった場合は敵に情報を漏らす事無く狂い死ぬ。

兵隊を使い捨てられる程、溢れる人口を抱えている国にとっては合理的なのかもしれない。

狂おしいまでに。


「人を狂わす歌声……」

瑞岐は戦場を思い出す。

自身の命を顧みず、八咫烏やエリーの戦艦めがけて突撃してくる多くの戦闘機。

あれが皆、魔に狂わされた人だったのか。

「ディジアン……帝江……」

幼い少女の声が、小さく告げる。

「中国の山奥でただ歌を唄い続ける神さまのような、妖精のような存在らしいわ」

中国に居るイギリスのスパイが、王浩然の囲っているウィザードが『帝江』という通称で呼ばれている事を突き止めた。

勿論、その言葉の意味も調べていた。

「中国がその魔法使いさんにつけたあだ名ね」

そう言って微笑むと、エリーは赤城に向かい、はきはきとした口調で問いかける。

「中国軍のお話はこれで結構よ。聞いておいてと言われたことは聞けたわ。

 帝江についての対抗策は、質問が全て終わってから話すわ。

 だからMr.アカギ。私のした他の質問の答えを頂けるかしら?」

『海上での嵐と、東アジアの異常気象……の件でしたかな?』

急かす王女に、赤城は穏やかに返答する。

『王女殿下並びに英国海軍には返し切れぬご恩を受けた手前、申し上げ難いのですが。

 この件は国家機密に関することが多く、全てをお話することができない』

「ふぅん。じゃあどこまでならお話してくださるの?」

話す内容とは裏腹に、すねたように口を尖らせる仕草は年相応だ。

駄々をこねるような仕草の王女にも怯まず、赤城の鉄面皮は変わらない。

『この件に関して我々の口から言えることはひとつだけ、日本は成瀬瑞岐大佐の他にもウィザードの力を借りることができる』

出来うる限り濁した回答をする。

陸軍の飛騨中将の事も、インドの雷を使うウィザードの事も。

エリーは少し考える素振りを見せた後、得意気な顔で口を開く。

「そうね。ではMr.アカギ、取り引きをしましょう」

『取り引き?』

「ええ。そのCrow Manser以外にいるっていう、魔法使いさんのことを教えてくれたら、イギリスもとっておきの情報を教えてあげるわ」

エリーも、お付きのジョンも至って冷静な態度である。

彼女のこの提案、予見されていたことで、誰かの入れ知恵であろう。

『……成る程。王女殿下、その情報というのは一体どのようなものですかな?』

得られる情報次第で、こちらの返答は変わる。

赤城は慎重に王女の様子を覗う。

「イギリスが掴んでいる中国のウィザード、帝江の居場所と、その悪い魔法使いさんを倒す方法。……で、どうかしら」

エリーは満面の笑みを赤城に向ける。

心底楽しんでいるようだ。

「た、倒す……って」

赤城よりも先に、瑞岐が反応する。

エリーは瑞岐の態度に、さも不思議そうな顔をする。

せっかく良いことを教えてあげようと思ったのに、とでも言いた気だ。

「そうよ。帝江は中国人を操って、戦わせて死なせてしまう悪い魔法使いさんだもの。悪者を倒して、正義を取り戻すの」

まるでおとぎ話を聞かせるような口振りで、エリーは瑞岐に言って聞かせる。

瑞岐が戸惑っていると、エリーの横に控えていたジョンが口を開く。

「Mr.赤城、イギリスは中国政府の中で王と対立する派閥とのパイプを持っています。

 彼らは王と帝江の排除を望んでいる。日本とイギリス、そして中国政府の反王派で手を組む事を提案致します」

イギリスの思い切った提案に、場はざわつく。

「し、しかし、Mr.ジョン。これは明らかに内政干渉……それどころか、クーデターや内戦への加担になってしまう」

これには流石に待ったをかける班目。

戦うことにおいての戦略的には有効であるが、政治的には内外共に逆効果であろう。

他国の政治に干渉するなど倫理に反する。

「お上品すぎね、ニッポン人は。中国人が自らイギリスや日本に手助けを求めて来ただけよ?

 私たちはそれに答えてあげようっていうだけじゃない」

エリーはころころと笑う。

たたみかけるように、ジョンが赤城に交渉を迫る。

「王女殿下の仰る通りです。不幸中の幸いではあるが、中国は王の手によって厳しい情報統制が為されている。

 我々が少々荒い手を使っても、中国国内への情報を揉み消す事は可能。

 あくまでも反王派のクーデターであり、日本とイギリスの関与は内外に秘匿とされるでしょう」

ざわつく会議室。

しかし最高責任者の赤城は、表情を変える事無く黙って思考する。

確かに、王の最大の武器は彼の傍に居るウィザードだ。

これを何とかせぬ限り、王の日本への攻撃は止まないだろう。

そして洗脳の歌の呪縛から逃れた国民は知る事になるだろう。

王の悪行を。

真実を。

だが、その後の強い副作用に、彼らは耐えられるだろうか?


『成る程』

低い声で赤城は沈黙を破る。

『中国のウィザードを叩く、その利点は解る。しかし方法は?英国はどの様な奇襲を考えておられるのだろうか』

今までの情報からするに、このウィザード、遠隔で歌を聞かせるだけで威力を発揮する。

それも複数に。

ならば易々と襲われるリスクのある場所に姿を現すとは思えない。

敵は外国人だけではなく、中国国内にもいるならなおさらだ。

暗殺者を送り込むのも難しいだろうに、まさか中国国内に日本軍を派兵する事など出来る筈もない。

「……ウィザードを制するには、ウィザードを」

ジョンは、親愛なる女王陛下から賜った言葉を反復する。

「軍本体の力は最小限に。エリー王女、並びに成瀬大佐の力をもってして、帝江を打ち破る作戦を提案致します」

突然名前を呼ばれ、はっとした顔で瑞岐はエリーとジョンに視線を送る。

それに気付いたエリーは、瑞岐に向かってにっこり微笑んだ。


「そうね。後は優秀なパイロットが必要かしら」

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