062 風神雷神3
日本海軍主力の機動部隊、鳳総合司令長官率いる航空母艦『甲斐』『相模』『駿府』『国津神』、及び随伴艦たちは一時長崎県の佐世保海軍基地に留まっていた。
中国海軍の動きに備え、いつでも出撃できるようにする為である。
……と言っても、中国海軍が動けばたちまち激しい雷雨が発生し海が荒れ、空軍や対地ミサイルが日本上空に掠りでもすれば神風に吹き飛ばされる。
中国は進軍など出来る状態ではなかった。
日本側に着いたらしいインドのウィザードについては、素性も、具体的な能力も明かしていない。
ウィザードを所持するインド軍高官が、赤城海軍大臣たちとやり取りをしているらしい、ということが唯一瑞岐の耳に入ってきた情報だった。
そして今日、その赤城から呼び出しがかかった。
各艦長らとイギリス艦隊の代表者を集めた会議が開かれる。
航空母艦・国津神艦長である瑞岐も勿論、参謀の班目と共に参加しなければならない。
佐世保日本海軍基地において最も広い会議室に一同は会す。
空母・甲斐、相模、駿府列びに随伴艦の艦長と副官、イギリス艦隊からはエリー王女とお付きのジョン、そして念の為の通訳者が揃った。
一番最後に会場に着いたエリーは、用意された上座に着きながら、次席に座る瑞岐に話かける。
「こんにちは、Crow Manser。戦場の貴方は素敵だったわ」
「エリー王女……」
皮肉とも取れる彼女の挨拶に、何と返すべきか言葉を詰まらせた。
先日の戦場での自分はどうだったか?
無法者を取り締まる今までの哨戒任務と違う、戦争という対峙したことのなかった出来事に戸惑い、進むべき岐路に迷っていた。
瑞岐やエリーの力は一瞬で数多の命を奪い尽くす。
解っていたつもりだった自身の能力に、戦争という殺意と憎悪の渦巻く場に、瑞岐の心は大きく揺らいだ。
そして、その迷いのせいで幾つもの味方の犠牲を招いたことは、17歳になったばかりの少年には重すぎた。
戦線離脱後の沖縄滞在時、戦況報告を聞いた赤城にも、この事は咎められた。
自分が迷えば共に戦っている仲間を、自分を守る為に戦っている仲間を危機に晒す。
肝に銘じよ、との事だった。
「エリーも、怪我がなくて何よりだよ……」
王女に気の無い返事をして俯く瑞岐。
隣に座る班目は心配そうに少年を見つめていた。
定刻になり、会議室中央に置かれた大型のモニターの電源が入る。
しばらくして赤城の姿が映った。
反射的に日本海軍の面々は立ち上がり敬礼する。
画面の赤城もそれに返礼した。
現在東京の霞ヶ関にいる赤城と、佐世保の会議室はビデオ通話で繋がった。
『日本国海軍大臣、赤城蓮十郎元帥である。昨今の非常事態への対応、ご苦労であった。直接佐世保に赴いて諸君らを労えず、申し訳ない』
モニター越しに赤城は各々の顔を見渡す。
いつもの怖面に、やや無理矢理に柔和な笑みを浮かべていた。
『また、イギリスの友人方には、この危険な戦いに手を貸して貰えた事、大きな感謝を伝えたい』
赤城はエリー王女たちに向かい一礼した。
そして再び正面に向き直ると、本題に入る。
『鳳長官より、今確認できる限りの戦線、艦隊の被害状況等々聞かせて貰った。完璧とは言い難いが、想定よりも遙かに少ない被害で済んでいる。……まあ、まだ油断は出来ない状況ではあるがな』
赤城の話が一段落した所で、声を発した者がいた。
「ねぇ、Mr.アカギ」
この場に最も相応しくない、幼い少女のあどけない声であった。
『どうされましたかな、エリー王女?』
「どうもこうもないわ。私たちイギリス艦隊の人間にはわからないことだらけよ」
幼い声は、静まり返った会議室の空気に怯むこと無く、堂々と意見を述べる。
「中国軍の無茶な進軍。海上での突然の嵐に、撤退命令。それから今の日本……いいえ、東アジアの異常気象。これら全ての説明を頂けるかしら?」
ストレートなエリーの質問。
それに赤城は顔色ひとつ変えず淡々と答える。
『そうですな。……まず、同盟国であってもお答え出来ない質問があることは、ご理解下さい』
「……しょうがないわね」
ふう、とため息をつき、腕を組む。
幼い少女の生意気な態度に、佐世保の一同は呆気にとられる。
当の赤城は気にしていない様子だが。
『有難う御座います。それでは、ひとつ目の中国人民軍に関して。今回の唐突な戦いの発端は、現在人民軍のトップ、王浩然という男の主導に依るものであり、中国政府全体が関わったものでは無い事』
「ぐ、軍部の独断で……?!」
赤城の発言に真っ先に反応したのは、エリーでは無く空母・相模の北条艦長だった。
彼はハッと我に返ると、失礼を詫びた。
その後すぐ赤城は話の続きを述べる。
『王は現政権と真っ向から対立している派閥の長だ。そしてその後ろに居るのは中国マフィア。王は人民軍総督の地位を、マフィアの金と力で手に入れた男だ。
その実態は中国国民に隠されているのは元より、政治中枢にいる人間も知らない者、もしくは目を瞑っている者が多く居る』
聞き覚えの無い名前だが、ニュースなどで見たり聞いたりした事のある人物なのだろうか。
瑞岐は最近の新聞記事やニュース番組を思い出そうとするが、どうにも心当たりが無かった。
『そしてこの男の恐ろしい所は、情報統制能力だ。先日の戦いを、中国の多くの一般市民は知りもしないのだからな』
「……知らないって、この情報化社会で?」
思わず、瑞岐も疑問が口を突く。
個人がインターネットを通じて自由に情報のやり取り出来る時代は、とうの昔にやって来ていて健在だ。
『元々中国は共産主義国。情報統制は行われている。王はそれを最大限に利用した』
「メディアまで手の内か、その男……」
空母・甲斐の武田艦長が唸る。
「……ディジアン、ね」
エリーがぽつりと呟いた。
知らぬ単語に、一同は不思議そうに彼女の顔を見る。
「そうよね、Mr.アカギ?中国人民軍トップの王が所有している魔法使いさん」
『……なるほど、王女殿下も人が悪い。英国側はご存知でしたか』
知らない振りをして、日本がどれだけの情報を手にしているか試したのか?
顔には出さず、赤城は思考する。
『エリー王女の仰る通り、王はウィザードの力を使って情報統制を行っている。否、情報統制などという生温いものではないな。今の中国世論は王の思うがまま。これは紛れも無く、洗脳だ』
赤城の言葉に思うところのあった班目は、少し考えた後、挙手して呼びかける。
「赤城閣下」
『なんだ、班目中佐』
画面越しに、子飼いの部下を見る。
「戦闘中の事です。空母・国津神では、中国軍の無線傍受を試みていた者が次々と目眩や嘔吐を訴え、意識障害で卒倒する者も居ました」
班目は当時の状況を思い返す。
「彼らが囈言のように『女性の歌声』が聞こえた、と……」
国津神や他の艦の通信士たちの惨状、理由は不明だったが、成る程。通常の人ならざる力のせいだったのか。
『そうだ、それこそ王が利用している魔女の力。我が軍が救助した中国人捕虜の話は届いているか?』
「いえ、まだ何も」
班目は首を横に振る。
赤城は姿勢を崩し、椅子の背にもたれかかる。
深い眉間の皺が一時消え、一息落ち着いてから言葉を続けた。
『過半数が狂死した。
残りの者も精神錯乱で危うい状態だ』




