061 風神雷神2
「そう。急な嵐が……ね」
美しくしなやかな右手に持ったティーカップを、ゆっくりとソーサーに置き、彼女は目を瞑る。
煌びやかな調度品に囲まれた室内は、派手でありつつも嫌味が無く、ひとつひとつの家具が刻んだ歴史の重厚さを物語っていた。
部屋の主人である彼女は、気に入っている茶葉と、老舗の謹製ケーキで優雅なティータイムを楽しみながら、部下からの定時連絡を聴く。
品の良い金糸の刺繍が施された深い赤色のベルベットのロングドレスが、組み替えた脚の動きに合わせてふわりと揺れる。
英国現女王。
日本海軍の支援にと出向いたエリー王女の母親である。
部屋のデザインに合わせたレトロな電話の受話器を片手に、思考を巡らす。
「ジョン、貴方の話から察するに。少なくとも日本には、Crow Mancerの他にもう一人、ウィザードがいるわね」
電話越しに話す相手は、お転婆で我が侭な娘のお守りにつけた男。
ボディーガードとしての腕っぷしは勿論の事、客観的かつ的確に情報処理、伝達を行う優秀な部下だ。
『その通りです、陛下。あの海上での突然の嵐、我が国のどの気象予報士も、自然には起こり得ないと……』
「海上の話ではなくてよ」
『は……?と、仰いますと……』
女王陛下は再び紅茶に口をつけ、一呼吸置いてから言葉を続ける。
「貴方が海上で出会った嵐を起こした魔法使い……そうね、仮に『Thunder Rord』と呼びましょう。その人物は恐らく日本人ではないわ。日本にこっそり協力した別の国のウィザードじゃないかしら」
『べ、別の国……?』
「海上で突然発生した嵐という緊急事態に、日本海軍にも退避が遅れて損害が出ているの。日本が保有していたウィザードなら、あんなにギリギリで、自軍に損害を出すタイミングで嵐を起こすかしら?」
女王は戦艦プリンセス・エリーに搭乗していた者から、録音していた戦場の音声記録を受け取っていた。
日本海軍とイギリス海軍が沖縄へと退避しているさなか送付された音声ファイル。
女王はこれをすぐさま確認して、この違和感に気付いた。
「そうねきっと……。中国の脅威を感じつつも表立って中国と敵対したくない、そして日本に恩を売っておきたいアジアの国のどこかでしょうね」
頭の中にいくつか候補を上げ、どう探るべきかしら、と楽しそうに悩む。
『成る程……。では、日本にいるもう一人のウィザードと言うのは?』
電話越しのジョンは陛下の言葉を遡り、別の箇所の疑問を問いかけた。
空になったティーカップに、ポットに残った紅茶を注ぎつつ、女王は答える。
「『Wind Rord』」
ゆっくり、そしてはっきりと言葉を紡ぐ。
その言葉の意味を、ジョンは考える。
『……風神……?』
台湾沖の海上で力を示した雷神に、日本にいるらしき風神。
正体不明の二人の魔法使い、女王はそれらに渾名をつけた。
「日本本土に向けて、中国軍の攻撃が開始された直後から、急激な高気圧が日本上空に発生したの。
そして、中国から発射されたミサイルの殆どが風にかき消えたそうよ」
日本に吹き荒れる風。
東京、大阪、札幌、福岡に待機していた別の部下に送らせた、当時の日本国内の様子を録画したビデオを思い返す。
降り注ぐ筈だったミサイルの光が、次々と風に飲まれて消えて行く、まるで手品のように不思議な映像だった。
「そしてジョン、貴方が出会った海の雷雨。鳳司令長官からの退避勧告の後、すぐさま戦場は爆発的な低気圧に覆われた。そう、それこそ世界中の天気予報を無視してね」
日本にいる風神が高気圧を操り風を巻き起こし、戦場の海では雷神が低気圧を操り雷を呼んだ。
女王はそう考えた。
『風神、雷神、それぞれが別のウィザードであると仰る訳ですか』
「でしょうね。一見似ているようで、全く別の事象を操る力ね。そして似ているのは大きな魔法の効力だけではなく、その後の大きな副作用も」
女王陛下はくすりと小さく笑う。
「大きな気圧の急激な変動で、今、東アジアの各所で異常気象が起きている。季節はずれの台風に、竜巻、暖冬、豪雪……。これでかなりの自然災害、被害が出ているとか」
ここ数日、各種メディアでは東アジアのニュースで引っ切り無しだ。
ジョンのいる日本でも、中国との戦争が勃発したかと思えば、乾燥による大規模な火災、竜巻が発生して陸軍や警察、海上保安庁らが救助活動で大忙しだと聞いた。
『副作用……。この異常気象も、副作用でしたか』
「ふふ、そう。『これ』も副作用。『あちら』の方の副作用も、とても興味深いわ」
女王はクスクスと楽しそうに笑う。
人智を超える力は、大きな薬効とともに、大きな副作用まで招いた。
今までどの国、どの組織もウィザードの存在を公にしてこなかった。
だからこそ、魔法の副作用の存在に気がついた者は少ないだろう。
込み上げる底無しの好奇心に、笑いを押さえきれない。
「新しい情報が入ったら、ジョン、すぐに教えて頂戴ね」
『畏まりました。陛下』
「私もキーモンから連絡が入り次第、指示を出すわ」
『キーモン……。ああ、中国ですか』
女王陛下は、各国に送り込んだスパイを紅茶の銘柄やフレーバーに例えて話す。
キーモンは中国の紅茶の産地。
つまり、中国内部に送り込んだスパイを指す。
「ええ、楽しみにしていて頂戴」
『畏まりました』
心底楽しそうに女王は微笑み、通話を切る。
長らく保たれてきた秩序を打ち壊さんとする混沌、その諍いに揺れる世界情勢。
女王は、これからのイギリスの立ち回り方を思案する。
重苦しい議題とは裏腹に、彼女はチェスでも打つように、この難局を楽しんでいた。
英国の歴史と伝統に則り、絶対に勝つ者の側に付く。
その為に次はどんな一手を打つべきか。
女王は新しい紅茶をメイドに用意させると、未読の調査報告書に再び手を着けた。




