060 風神雷神1
『全機直ちに帰艦せよ。また全艦退避の準備を開始せよ』
鳳長官からの唐突な伝令だった。
隼翔の小隊と共に抗戦中だった瑞岐の集中力は、無線の音で一瞬途切れた。
『ミズキ?!』
急に目の前で戦闘機が皆カラスの姿に戻ってしまったので、隼翔は瑞岐に音声を繋ぐ。
「ご、ごめん。鳳長官の無線に気を取られた」
『まあいい。お前は先に戻ってろ。オレたちは目の前の敵さん片してから帰る』
そう言って隼翔の小隊は再び敵機を翻弄すべく加速する。
「班目、どういうことなんだ?」
カラスを帰艦させつつ、瑞岐は同艦参謀室に問いかける。
すぐさま参謀長・班目蒼流中佐が返答に応じた。
『インド軍が我々に着いた。……と言っても、極秘裏にだがね』
この情報は、敵国は元より同盟国のイギリスにも漏らさないようにと釘を刺しつつ、簡潔に事情を説明する。
『インド軍の所有するウィザードが、魔法射程圏内に入ったそうだ。これからその魔法が発動する』
「ええっ?!」
余りに突然な応援の到着と支援に、瑞岐は思わず素っ頓狂な声を上げた。
インド共和国。
確かにインドと日本の関係は良好、そしてさらにインドと中国は領土問題で昔から犬猿の仲だ。
だが、かと言って易々と多国間の戦争に干渉するだろうか?
超大国である中国に対して公に牙を向く事は、後々自国の首を絞める可能性が高い。
急展開にも動転すること無く、参謀長は冷静に情報伝達に務める。
『これから数分の後、この海域に大規模な雷雲が発生するとのこと。速やかに全ての航空機を帰艦させ、艦隊も退避する必要がある』
「雷雲?嵐が来るのか?」
『いや、私も詳しいことは全くわからない。ただ、敵味方の区別無く巻き込む恐れがあるので、出来るだけ遠くへ退避せよとのことだ』
話だけ聞くに、陸軍の飛騨中将、彼の神風のようなものだろうか。
ともあれ、雷を伴った雨雲の中での飛行は危険以外の何者でもない。
航空機に落雷があれば、搭乗しているパイロットなどひとたまりも無い。
雷雲と共に海も荒れ、艦隊にも被害が及ぶだろう。
繋がったままのインカムから聞こえる参謀室の音声、速やかに艦内の各部署へ雷雲の旨を伝え、退避に備えさせる。
その音声を聞きながら、瑞岐は嵐に飲まれる海上を思い浮かべ、一抹の不安を口にする。
「中国軍は、嵐の中に置き去りにするのか……?」
敵である中国軍には、魔法による雷雲の出現など知らされるはずが無い。
目の前で戦っている人々は、雷の嵐の只中に取り残されることになる。
『……仕方の無いことだ。我々のやるべき事は、彼ら数百人の人間を殺してでも、後ろにいる一億人を守ることなのだよ』
瑞岐が何を言わんとしているか察し、僅かに迷いを含ませながらも参謀長は答える。
班目自身も、秩序を優先すべき責務と、内面にある想いとの葛藤に苦しむ人間である。
二人が話している僅かな時間のうちにも、つい先刻まで快晴だった空は灰色に陰りだす。
濃くなる雲からは次第に雨粒が降りそそぎ、徐々に激しさを増す。
自力で飛べる力を維持できていたカラスは、次々と瑞岐のいる空母・国津神に舞い戻ってきた。
「班目、僕の烏は大丈夫だ」
何羽か、傷を追って飛べなくなったカラスは諦めざるを得なかったが、仕方ない。
『了解。後は高山少尉たちか』
国津神の航空隊で、一番最後まで敵機と対峙している高山小隊。
瑞岐のカラスを逃がすべく、囮になって敵前に立ちはだかっていた。
『我々が何としてでも守らなければならないのは成瀬大佐だ。状況によっては、国津神は即座に戦線を離脱する。……高山少尉らは他の艦に収容してもらう』
班目は最悪の場合も想定していたが、それはあえて口にはしなかった。
一方で、隼翔の小隊含む多くの航空隊。
悪天候に怯まず襲い来る敵機を相手取り、未だ帰艦出来ずにいた。
八咫烏の離脱を成功させた高山小隊は散開し、攻撃から退避行動に転換する。
『ハヤト!』
瑞岐は隼翔に呼びかける
完全に空が黒雲に覆われた頃、少しずつ稲光が見え雷鳴が響きだした。
『ハヤト!戻って来られそうか?!』
無線から艦長である少年の、瑞岐の声が聞こえてきた。
「オレだって戻りてぇけど、奴ら雷雨でも構わず突っ込んでくんだよ!どーなってんだ、こいつら!」
灰色の雨雲の中、雷と敵機の攻撃両方から逃れるべく翔ける。
遥か前方でいくつかの航空機が落雷にあい、炎上墜落するのが見えた。
呑気に鬼ごっこをしていたら、いつこの機も雷に撃たれるか分からない。
早いところ戦線離脱したい。
厚い雲と雨で視界は最悪。
雲からだけでも逃れるべく、隼翔は海面目指し徐々に下降する。
それを追いかける数機の中国軍機。
「しつこい奴らだな」
舌打ちと共に愚痴を吐きながらも、隼翔は機体のスピードをさらに上げる。
左右に、時に上昇して見せフェイントをかけ、敵機を巻く。
奴ら数は多いが、技術の面では隼翔には到底及ばない。
一機、また一機と高山機のレーダーから姿を消す。
雲間を抜け水面が見えると同時に隼翔は急直下し、海面すれすれをほぼ直角に軌道変更する。
隼翔の機体を追っていた最後の三機は哀れ、海面に叩きつけられ全機体とも盛大に破損。
その内の一機から燃料に引火し、中国機は爆発炎上した。
丁度同じタイミングで、海上に眩い閃光が煌めき視界を奪う。
その直後、一際大きな轟音が響く。
中国軍の大型巡洋艦に雷が落ちていた。
一瞬にして巡洋艦の電灯が消え、各所から煙が上がる。
その後火の手が上がるのに時間はかからなかった。
隼翔は黙ってそれを見届けると、母艦へ帰還すべく旋回した。
海域の雷雨は一段と激しさを増し、大きな嵐となって取り残された者たちに襲いかかっていった。
落雷による数多の航空機の墜落、艦船の炎上。
嵐は普通の人間による攻撃よりも、遥かに甚大な被害をもたらした。
一見自然災害にも見えるこの光景は、確かに人為的なもの。
これは、人の意思による災厄。
荒れ狂う空から無事、隼翔は空母・国津神に帰還した。
彼の小隊のメンバーも母艦に帰投するか、他の空母に収容されたらしい。
イギリス友軍艦隊と共に日本海軍は、戦場である台湾沖を脱し、沖縄へと向けて舵を切った。




