048 帝江⑧
主な戦力を佐世保に集結させた日本海軍。
その日は英国艦隊との合同演習を控えていた。
平和な早朝に見えた佐世保の軍港、いや街中に突如として響き渡るサイレン。
佐世保のみならず日本中。
携帯電話から緊急アラートが鳴り響き、弾道ミサイルの標的となった地域では佐世保と同じくサイレンが危機を叫ぶ。
絶え間なく響くその甲高い音は、微睡んでいた人々の頭に緊急事態を叩きつける。
空母『国津神』内にある瑞岐の私室。
警報が鳴り出してから、一分と経たず班目から無線が入った。
それに答えると瑞岐はすぐに着替え、無線用のインカムを装着しつつ自室から飛び出す。
「ミズキ!」
部屋を出た直後、隼翔に呼び止められる。
隼翔は走って来たようで息を弾ませていた。
いつもならば叫んでも叩いても時間通り起きない隼翔が、今朝は瑞岐よりも早く着替え甲板に向かおうとしていたようだ。
「ハヤト!」
「迎撃システムの警報だ。急ぐぞ」
二人は狭い艦内を走り抜ける。
隼翔が本気で走ると瑞岐の足では追いつけない。
時々後ろの瑞岐がちゃんとついてきているか確認しながら、出来るだけ早い速度で隼翔は走る。
甲板へと繋がる扉を開いた瞬間。
「ハヤト!西の空!」
朝日に灼かれる東の空と対照的に、未だ夜闇に染まったままの西の空。
そこに星とは違う光を見つけた。
その光は薄暗い空に伸びる無数の細い白い雲を描いた。
……いや、雲ではない。ミサイル動力の灯から出る煙の筋。
光は己の飛べる限界の高さまで来ると放物線を描いて下降を始める。
その時だった。
大きなつむじ風が空と海を薙いだ。
身を斬るような激しい風に二人は身を伏せる。
突如起こった嵐は水面に巨大な波を作り、国津神はその身を激しく揺らす。
隼翔は風圧で尋常ではなく重い扉を渾身の力で閉め、瑞岐を連れ船内に退避する。
「クソッ!急に何だ、この嵐は!」
突然襲い来る強風と高波に悪態をつく。
隼翔は船内の小さな窓から外を覗くが、揺れと飛沫が酷く何が起こっているかわからない。
通路の奥まで飛ばされた制帽を見つめて瑞岐は覚る。
「飛騨中将だ」
「……ミズキ?」
「ウィザード……陸軍の飛騨中将の『神風』だ。
きっと僕らを守ってくれたんだ」
固い信念を抱いた飛騨の瞳が瑞岐の脳裏をよぎる。
初めて彼の力を目にした時のことを思い出す。
日本に仇なす凶事に、海は荒れ狂い、風が道を断つ。
「……魔法ってのは、守ることも出来るのか……」
隼翔は飛騨という人物を知らないが、瑞岐の言う内容は理解できた。
この生意気なウィザードと、英国からやってきた小さなウィザード。攻撃に特化した魔法はよく見て来たが、『盾の陸軍』らしく防衛の力まであるとは。
大切な愛車を強奪して隼翔自身をも半殺しにしてくれた、あの憎きエンジェルという女も、『不死』という謎の力を使う。
つくづく、今までの軍事の常識が覆えされていることを想う。
「ハヤト、風がだいぶ止んできたみたいだ」
轟々と鳴る風の音が幾分か穏やかになり、船の揺れも小さくなってきた。
隼翔が慎重に外へ繋がる扉を開けて確認する。
まだ波は荒いものの、風はやはり凪いできた。
「来てみろミズキ。空が……」
先に外に出た隼翔に呼ばれ、瑞岐も向かい空を見上げる。
確かに先程まであったはずの弾道ミサイルの痕跡が、跡形もなく吹き飛んでいた。
夜の薄闇に包まれていた西の空も、すっかり朝の光に満ちて輝く。
嵐の前に、何事もなかったかのように。
二人が空を見上げていると、ふいに瑞岐のインカムに無線が繋がり、班目の声が聞こえた。
『参謀科・班目だ。成瀬大佐、怪我はないか?』
「班目。僕は大丈夫だよ。西側の甲板にいるけど、特に被害も無さそうだ。
ついでに一緒にいるハヤトも無事だよ」
瑞岐は自分の周辺をぐるりと見渡し、異常がないことを報せる。
「……オレはついでかよ」
不機嫌そうな表情を作り隼翔はおどける。
『そうか。それはよかった。
では早速で申し訳ないのだが、すぐ司令室に集合してくれたまえ』
「うん。了解」
瑞岐の返事を確認してから、班目は通信を切った。
「ハヤト、司令室に集合だ。急ごう」
風で乱れた髪や衣服を整え瑞岐は隼翔に声をかける。
「おう」
通路の奥へ飛ばされていた瑞岐の制帽を拾い上げ、持ち主へ放り投げる。
的確なコントロールで胸元に飛んできたそれを受け取り、被る。
二人は司令室に向かって歩き出した。
天津神でも国津神でも経験したことのない、大きな作戦が始まることを確信して。




