047 帝江⑦
東京都練馬区、陸軍基地。
そこに務める者たちは出入りの度に連日マスコミの取材責めに合っていた。
空・海軍本部と違い都心に近い為か、マスコミも通いやすいのだろうか。
陸軍中将・飛騨龍彦の秘書役、川崎燕。
彼女が出勤して来るなり向けられるマイクとカメラ、殺到するマスコミ。
「現在、陸軍は何をされてるんですか?!」
「民間の航空機や船舶が軒並み欠航ということですが、民間企業の損失は……」
「国民への被害が出る可能性は……」
「戦争反対派の意見はお聞きに……」
マスコミ嫌いな川崎は彼らを一瞥すると、黙ったまま基地内に足を運ぶ。
記者たちが自分から何という言葉を引き出したいか知らないが、関わらないに限る。
私たちのありのままの意見を伝える気など無いのだから。
面白可笑しく大衆の目を引くショーを演じるだけの人間など。
彼らの濁った瞳には、自分の尊敬する男の高潔な意思は映らない。
川崎は想う。
信じないなら、守れない。
守るべき対象が、その守護を任された自分たちを信頼してくれなければ、守れない。
信じられぬなら守らない。それでもいいのでは、とすら思う。
私たちも人間だ。そんな感情が湧くこともある。
でも『彼』は、心を過る負の感情をも吹き飛ばしてしまう。
『俺たちを信じる者、信じない者、どちらだろうと救うのが俺たちの役目だ』
人智を超えた力と高潔な強い意志は、時々彼を人ならざる存在のように感じてしまう。
彼を讃える気持ちと、少しの畏怖。
神が信じられていた時代の、信仰とはこういう想いからなるものだろうか。
川崎は足早に屋外訓練場へ向かい、彼を探す。
如月の朝、氷点下に近い外気に彼女の吐いた息は白くたなびく。
彼はいつもの黒の外套に詰襟のいでたちで、地面に立てた日本刀の柄を両掌で支え瞑想していた。
その周りでは同僚たちが忙しなく通信機器を操作している。
「おはよーございます、川崎少尉」
黒衣の侍の姿に見惚れていると、近くにいた同僚……震田が川崎に声をかけた。
その声で飛騨も閉じていた目を開き、こちらを見た。
「早いな、川崎」
「おはようございます。飛騨中将、情報部の皆さん」
飛騨が少しだけ微笑んで彼女の名を呼ぶ。川崎も一礼し挨拶を返す。
「中将こそ早すぎます。もう少し休んで、ご自愛ください」
「有事の際だからな。どうせ俺はここに寝泊まりしてるんだ。
風の届かない室内にいるよりも、こうして外にいた方が幾分か心も安らぐ」
そうは言うが、飛騨の顔には疲労の色が見える。
何日も常に神経を尖らせて任務に就いているので、よく眠れていないのだろう。
「そーっすね。どうせなら俺らもここに寝泊まりしたいくらいですよ」
「外に出る度にマスコミの質問責めっすからね」
先程川崎に声をかけた震田と、その横にいる午雷が笑い合う。
彼ら二人は飛騨の同期で友人故か、飛騨相手にくだけた口調で話せる数少ない人間だ。
「本当に。どうにかならないかしら。
私たちは見世物ではないし、世間の余計な不安を煽らないで欲しいわ」
「相変わらずキツイこと言うなー、川崎ちゃん」
震田はまあまあと川崎をなだめる。
「それだけ今まで平和だったということだ。俺たち軍人が悪く言われるのは平和の証だ」
憎らし気に吐いた言葉を飛騨に拾われ、川崎は少し躊躇う。
「そうですね、中将。中将の仰る通りです。
……でも軍を悪く言われるのはともかく、
飛騨中将を悪く言うのであれば
私が一族郎党その首刎ねて隅田川の河原に晒してやります」
「はっはっは。相変わらず川崎は血気盛んだな」
「飛騨!朗らかに笑い飛ばす内容じゃないぞ!」
いつものように軽口を言い合っていると、場を覆っていた重い空気が少し晴れた気がした。
しかしその直後、重苦しい空気はさらなる圧を増して襲いかかることになる。
自動警戒管制システムから探知された情報が届く。
午雷の手にした端末に、弾道ミサイルを感知したことを表すアラームが鳴り響く。
「川崎、震田、午雷!位置情報分かり次第モニターへ出せ!」
「了解!」
飛騨が叫ぶと、川崎は飛騨の正面にある大きなモニターを操作し日本全土を映す航空映像を出した。
震田は総合任務部隊へ無線を飛ばし、午雷は手元の端末から位置情報を割り出す。
「複数の弾道ミサイルを確認!」
「着弾予想地点出ました。モニター送ります!」
モニターの航空写真に着弾予想地点が表示されると、飛騨は刀を抜く。
飛騨の瞳が緑に輝き、外套が舞う。
「俺の風だけで全弾防げそうか?」
「着弾に多少の時間差があるので、恐らく」
「数発漏らした所で問題ありませんよ!陸海空軍共に迎撃システム作動させてます」
モニターから目を離さず、飛騨は頷く。
「何人たりともこの地には指一本触れさせん」
飛騨の力に呼応するように基地を覆う防風林がざわめく。
モニターに着弾予想時間と、着弾予想地点の衛星映像が映し出された。
海・空軍の基地を重点的に狙った無数の凶星。
遥かなる飛龍の奇跡を宿したその身は、風に乗る。




