042 帝江②
政治犯の強制収容所。
刑務所のように高い塀と有刺鉄線に囲まれた武骨な建物から、およそ似つかわしくない可憐な少女が出てくる。
李花が向かったのは王浩然の所有するラボ。
強制収容所からずっと離れた都会にある。
李花は王名義のクレジットカードでタクシーに乗り、市街へやって来た。
摩天楼のように高くそびえ、街の全ての建物を見下ろすそれは、王浩然の国内での巨大な権力を物語っていた。
ラボの入り口、セキリュティゲートに向かうと李花はまたしても警備員に呼び止められる。
勝手に外出したことを咎められたが、李花が無感情な謝罪を述べると、警備員はため息をついて叱責を諦めた。
一方、王はその日たまたまラボに訪れていた。
有名ブランドのオーダーメイドスーツに一点ものの腕時計を身に着け、全身で自身の力を誇示する。
「まだ能力の発現を見せた赤ん坊はいないのか」
研究資料に目を通しながら、横にいる白衣の研究員に問う。
「『帝江』と同じ遺伝子配列の生成には良い結果が出ています。
先日三十六体目の検体が誕生しましたが、いずれもクローン化自体は成功かと。
しかし、能力の発現を見せる者はまだ……」
「自我の芽生える前の赤子では、まだ駄目か」
ウィザードの軍団を作るにはまだ何年もかかるか、とため息をつく。
王たちのいる部屋の扉がふいに開き、誰かが入って来た。
「先生」
入室してきたその者は王に呼びかける。
視界の隅に少女を捉え、王は名前を口に出す。
「李花か」
「先生、新しく生まれた『わたし』はどこ?」
少女の問いかけに、王は黙ってガラス張りの向こうにある部屋を見る。
ガラスの向こうには新生児用のベッドで眠る産まれて間もない子供たちがいた。
赤ん坊には一から順番に番号が割り振られている。
李花はその中の一番新しい番号の子に視線を落とす。
自分によく似た顔ですやすやと眠る赤子を見て、李花は満足する。
「帝江、また外へ行っていたのか」
白衣の研究員が李花を叱る。
「ごめんなさい。あの子のお母さんに会いに行ってたの」
「収容所は李花のような人間が行くべき場所ではない。
奴らは政治犯だ。醜悪な思想に誑かされたらどうする」
「……ごめんなさい、先生」
李花が立ち入った建物は、主に王のやり方に異を唱える反逆者の為の『更生施設』だった。
更生施設とはもちろん建前である。
実際にはウィザードのクローン実験に使用する検体の保管場所。
ウィザード・李花の体細胞から取り出した核からできる、李花のコピーを生産する為に利用される人体。
「あの子はわたし。だからわたしのお母さんにお礼が言いたかったの。
ありがとう。そして、さようならって」
李花は、自身の能力の触媒となる両手首の鈴に触れる。
彼女の歌は、聞いた人間の脳内物質に作用する。
快楽を司るドーパミンを大量に放出し、高揚感と多幸感をもたらす。




