033 泥人形③
恋多き双子の千歳と千代。
艦内で良い男を見つけると、その愛を振りまき、周囲を恐怖のどん底に叩き落とす。
遠巻きにそれを見守る瑞岐と隼翔。そして班目。
「艦の風紀を乱す危険因子じゃないか?」
どうにかして赤城に返品できないかと、瑞岐は考える。
「誰彼構わず襲いかかる危険人物だ。クーリングオフしよう」
「いや、千歳と千代はアレで人を選んでる。何故か、あいつら班目みたいな変態には欲情しない」
焦る瑞岐と対照的に、隼翔はやけに冷静に双子を観察をしている。
その隣で斑目が複雑な表情を浮かべる。
「何故だろうね。別に羨ましくも何とも無いのに、負けた気分になるのは」
「あれじゃないか。磁石の同じ極同士が反発しあう、みたいな」
自分の話題ではないはずなのに、本人を前に散々にディスられる班目。
「つまりだ。お前も変態になれば奴らに襲われないということだ。ミズキ」
「なんでそんなことのために僕が人間としての尊厳を捨てなきゃならないんだ」
「……君たちは私のことをなんだと思っているんだい?」
だが、曲がりなりにもやはり赤城の推薦とあって、軍人としての腕は確か。
さらに瑞岐の護衛を任せるに足る身体能力である。
持ち前の筋力とコンビネーションで積み荷を運び入れる様は圧巻だった。
「兄者!」
「うぬ!来い、弟よ!」
100㎏近いと思われる弾薬箱を止まることなく積み込む。
「ほー。やるじゃねえか、お前ら」
感心し、隼翔が二人に声をかけた。
「だがな。これくらいオレだって余裕だぜ」
双子が来る前は、この艦一番の肉体派を自負していた。
隼翔も双子の弾薬箱積み込みに参戦し、周囲の歓声を浴びた。
「少尉、先月エンジェルにやられた傷は全治二か月では」
班目が隼翔の身体を心配する。
「あん?もう治った」
「本当に人間かよ、お前……」
目の前で何発も拳銃で撃たれたのを見ていたはず瑞岐が、
あれは幻だったのかと思うくらい元気である。
「オイ、千歳に千代。ここは空母・国津神の怪力王の名誉をかけて、オレと勝負してみねーか」
荷物の積み込みが終わってしまい、行き場のなくなった三人の闘争心に火が着いた。
「勝負とは」
「いかように」
「あー。そうだな……」
少し考えてから、隼翔はにやりと笑う。
「ここは平和的に腕相撲でどうよ」
右手の拳を左手の平でパンと叩き、戦いを宣する。
千歳と千代はお互いの目を見て、意思を確かめ合ってから頷く。
「うむ」
「よかろう」
班目と瑞岐は体育会系のノリについて行けず、ため息をつく。
「……なぜ、張り合うんですかねぇ」
「オスのゴリラが縄張りを巡って争うようなものだろう」
瑞岐の毒舌に、遠くから怒声が飛んでくる。
「聞こえてんぞ、チビっ子艦長!」
昼食後の休憩時間、公開試合は始まった。
突然鳴り響くゴングに、次々と観戦客が押し寄せてくる。
中には誰が勝つかの賭けをする者たちも現れ、「さすがに賭け事はまずい」と班目に窘められる。
「レフェリーが必要だな。あー…お前でいいや、岩本!」
隼翔は航空小隊の部下を呼ぶ。
「総当たり戦で、一番勝ち数が多い奴が優勝。オーケイ?」
「了承した」
「いざ尋常に勝負」
レフェリーの岩本が指揮を取り、戦いの火ぶたが切って落とされる。
「では右コーナー、新進気鋭の砲雷士・綾小路兄こと綾小路千歳!」
岩本の右手側の椅子に千歳は腰をかける。
「続いて左コーナー、同じく超弩級の新人砲雷士・綾小路弟、綾小路千代!」
向かって左手側に、机を挟んで千代も座る。
双子が向き合い、机の上で右手を組む。岩本はその手の上に自身の手をかざした。
「それでは、Ready……Go!!」
レフェリーが掛け声と共に手を離すと、双子の一騎打ちが開始される。
二人の腕や頭に汗と血管が浮き、周囲の声援が増して行く。
しばらくの膠着状態の後、勝負を決したのは弟の千代だった。
「ぬぅ。やるな弟よ」
「兄者こそ。あと一秒粘られれば我も負けていたかもしれぬ」
肩で息をし、兄弟はお互いを称え合う。
「よし。じゃあ、次はオレの番だな」
満を持して登場する、当艦きっての力自慢。
負けた千歳と席を変わり、隼翔は千代と腕を組む。
「頑張ってください、高山隊長ーッ!!」
隼翔の航空隊の面々が声を張り上げる。
「ふざけるな!砲雷科の意地を見せてやれよ新人!!」
張り合う形で、砲雷科の者たちも千代に声援を送る。
「それじゃいきますよ。……Ready……Go!!」
一際声援が大きくなり、勝負が始まった。
浮かび上がる筋肉と、血管。そして汗。
瑞岐は遠くから、食後の紅茶を嗜みつつ暑苦しい光景をうんざりしながら見ていた。
長らく均衡を保っていた二人の右腕は、少しずつ、千代の勝利に傾きつつあった。
勝負を決めるべく、千代は最後の力を振り絞って右手に込めた。
「ぬうううん!!」
その時であった。
千代の血走った瞳に飛び込んできたのは、汗に濡れシャツが透けて見えた隼翔の逞しい胸板。
それに目を奪われ一瞬力が抜ける。
「ぬおらあああああああ!!!!!」
悍ましい気配を感じ、反射的に隼翔は組んだ右手に渾身の力を込める。
千代の右腕が沈んだかと思ったら、その箇所からテーブルが真っ二つになり、右腕が下がった反動で巨体が宙を舞う。
190㎝の大男が空中で一回転して、頭から床に突っ込んでいった。
予想外の出来事に場は静まり返る。
「あっ……、悪ぃ」
隼翔は我に返る。
「なんか今、ベテラン敵パイロット並みの殺気を感じて。つい」
つい、で巨漢を投げ飛ばして、テーブルと床を破壊する隼翔に一同は戦慄する。
見ると頭が床に突き刺さったまま、千代は気を失っていた。
なぜかその顔は幸せそうに微笑んでいて、千歳以外の者はあまりの不気味さにドン引きである。
そして、遠巻きに見ていた艦長は淡々と宣告するのだった。
「床とテーブルの修理費は、ハヤト。お前の給料から差し引いとくからな」




