031 泥人形
エンジェルは隼翔のバイクを奪い去った後、成田空港へ向かった。
途中、血塗れでボロボロになった洋服を着替えるために適当な民家に侵入して家主の服を失敬し着替える。
流石にあの恰好では、成田に着く前に警察に呼び止められてしまう。
空港に着くと、駐車場にバイクを放置して相棒のもとへ向かった。
仲間と合流した後、エンジェルらは北京へと飛び立つ。
日本の空港は、セキリュティに厳しい。
近年の治安悪化に伴い、日本を含む多くの先進国は入国審査に指紋認証や眼球認証を付け加えるようになった。
数年前まで通用していた偽造パスポートやビザだけでは潜り込めなくなり、自分たちのような国際的なお尋ね者は面倒な『手続き』をしなくてはならず、おちおち海外旅行もできやしない。
そもそも、日本に来たのも航空機側の都合…トランジットで経由するだけだった。
補給の為だけに立ち寄る国だったので、大人しく空港内で過ごしていれば『日本入国用の手続き』などする必要はなかった。
エンジェルが思いつきで日本観光をしたいなどと言い出し、彼は苦労して通過査証を入手しなければいけなくなったのだ。
自分の友人でかつ上司とはいえ、しなくても良い苦労をさせられ、「またか」と彼は深くため息をつく。
エンジェルの同行者。
堀の深いエキゾチックな顔立ちに、鼻下から顎まで丁寧に整えられた短い髭の、長身の男だった。
彼の名は、アーリマン。
それは本名ではない。
エンジェルと共に『仕事』をするようになってから彼女から与えられた名前だった。
もっとも、名付けた本人は省略して『アンラ』と呼ぶのだが。
英語ではアーリマン、彼の故郷ではアンラ・マンユと発音する。
エンジェルとアーリマンは北京での取引のため、わざわざこの極東までやって来た。
市内でも随一と謳われる高級北京料理屋の個室で取引相手を待つ。
その人物は、エンジェルたちが到着してから、ほんの十分ほどで現れた。
「久しぶりだな。Ms.エンジェル」
五十代半ばの年齢と見られる恰幅のいい中国人の男性は、エンジェルに握手を求めた。
その手にはいかにも高級そうな腕時計がはめられ、スーツは有名ブランドのオーダーメイドだろうか。
Tシャツにジーンズというラフな格好のエンジェルとは対照的だった。
彼女に付き添うアーリマンも、フォーマルなジャケットとシャツだというのに、このボスはドレスコードなど意に介さない。
「こちらこそ、Mr.王」
エンジェルはサングラスを取り男の手を取る。常に光を湛えた緑眼が中国人の男を映す。
王 浩然。
中国マフィアから莫大な援助を受け、中国人民解放軍のトップにまで登り詰めた男。
王を良く思わない者は国内の政治中枢にも多数あるが、それらは全て金の力で捻じ伏せて来た。
彼は昔からエンジェルたちの良い商売相手だった。中国という彼のシマで商売をしやすくするため、お互い協力関係を築いてきた。
「さっそくだが、今回の大口の注文についてだ」
席に着くと、乾杯もせずエンジェルは先を急く。
「航空母艦及び戦闘攻撃機、我々が建造し得る最新鋭のものを、ということだったが」
アーリマンが取引内容を確認すると、王はにこやかに頷く。
「ああ。用意できる数、全てを購入しようとも」
「随分と気前がいいじゃないね」
「意地が悪いな、Ms.エンジェル。わかっているだろう?
最近、私が貴女がたから密輸した飛行機や船。
それらがほとんど日本軍に、破壊されるか、没収されるかしてしまっている。
買っても買っても、届く前に消えて無くなってしまうのだ。これでは埒が明かない」
エンジェルたちも輸出した兵器がいくつか日本軍の手によって喪失していることは知っていた。
ただ、今のやり方…少々迂遠な運び方でないと、まずいのだ。
「Mr.王。我らは出来る限り、足がつかないように運んでいた。貴方にも、我々にも。
ベトナムやタイ、カンボジアを通して大陸へ運び入れて来たが……
これ以上大きな戦力を持っての航海は、隠し遂せない」
アーリマンが指摘する。
これまでの取引は全て、カオスエデン側と王側の繋がりの証拠が残らぬよう別の国や企業を介する手段を取ってきた。
敵対するアメリカや日本も『兵器売買の確たる証拠』が掴めぬ為、中国側の買い手・王への対抗措置が取れずにいたのだ。
ごく小規模な海賊による兵器の密売、という体で誤魔化してきたもの。
兵器の運び屋も中南米や東南アジアで雇い、知らぬ存ぜぬを徹底してきた。
「先日は、買ったばかりの空母が艦上機まで丸ごと海の藻屑と消えたよ」
以前、駆逐艦・天津神が沈めた航空母艦を買い取った客は王だった。
中米から護衛艦を含む艦隊で出発させたところ、憎き日本海軍によって手に届く寸前で破壊された。
「ならば、今度は日本軍ごときでは敵わぬ大軍を『輸入』してやろう、とな」
王はアメリカ海軍をも凌ぐ大艦隊の設立を考えていた。
「Mr.王の望む大々的な兵器の譲渡は、流石に日本やその同盟国、USAも黙ってはいないだろう」
確実に、戦争になる。
アーリマンは確信する。
「お宅らの商品が中米を出発したら、我が軍を動かし援護しよう」
いやむしろ、この男は……。
「私も諸君らマフィアも戦争を望んでいるのだろう?戦争になれば、商売が捗る。
武器が売れる。武器製造やら軍隊のために雇用も増える。
怪我人は続出し移植用の人体も多く高く売れる。増えすぎた我が国の人口の調整もできる。
何かと邪魔になる人間や国家を、片付ける口実ができる。いいことずくめじゃあないか。」
エンジェルはひとり嘲笑う。
この赤のKingは、どんな混沌を望んでいるのか。
私の望むものよりも深い混沌なのか。
「いいだろう。面白い。私は派手なことは大好きだ」
「エンジェル!」
無茶なことをさらりと呑むエンジェルに、アーリマンも声を荒げる。
「ただな、ミスター。そんな派手なことを仕掛けたら私たちも被害を被る。
アジアの小国だけじゃなく、ヤンキー共も本気で私たちを殴りにくるだろう。
それ以外にも……この世界には汚いハイエナで溢れかえってる。
これ幸いとばかりに首を突っ込む奴らも多いだろうね。
その対価が『金』だけじゃあ、請け負うことはできないな」
勿論、金以外の対価も用意しているんだろう?という態度で王に身を乗り出す。
王は目を細め笑った。
そして、ゆっくりと低い声で発音する。
「ウィザード・ファクトリー」
「…………」
王の言葉にエンジェルとアーリマンは反応し、厳しい目で睨む。
「貴女がたの『ファクトリー』。それに触発されて私も研究を進めているのだよ」
「……よくご存知で、だ」
カオスエデンが独自で進めているウィザード研究、『ウィザード・ファクトリー』。
それを、この男はどこからか知ったらしい。
「我々中国は他国に比べ、ウィザード研究に遅れを取っている。
早い段階から囲うことに失敗したせいで、他の大国に比べ実戦投入できるウィザードが極端に少ない。
だが、少ないならば増やせばいいだけのこと。
中国は広い。人の数も世界随一だ。
政治犯収容所の奴らを使えば、いくらでも『人体実験』はできる。
『失敗作』は全て人体移植用の部品として売り捌けば一石二鳥。
我々は今から戦争を始めるのだ。買い手はいくらでもつく」
王はエンジェルの緑の瞳を真っ直ぐ見つめて微笑む。
「我々の進めているウィザードのクローン実験。その研究成果の共有。それを対価としようじゃないか」
ヒューマンクローン。
人間の体細胞から、その移植者と同じ人間を作り出さんとする技術。
まだ未熟な技術ゆえ、完璧なコピー人間を作り上げることは不可能とされている。
倫理観からヒトクローンの技術は規制される国が多い中、構わず王は研究を推し進めて来た。
それも、ただの人間ではなく、ウィザードの能力を持った人間のコピーを作り出す研究だった。
これが成功すれば、ウィザードの量産も可能と王は考えた。
「なるほど。確かに私たちのファクトリーと同じ発想だな。
クローン研究自体がまだ発展途上の技術だ。突き詰めたその研究結果には実に興味がある」
「では、交渉成立ということで」
「ああ。いいだろう」
エンジェルと王は、改めて握手をかわす。
神が泥から人を造ったように、今度は人が泥から神を造ろうとしている。
どいつもこいつもだ。
まったく。反吐が出るような腐った世界だよ。
エンジェルは邪悪に笑うのだった。




