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HOLY WORLD  作者: (仮)
31/93

030 Anjel⑤

「まずは二人とも、命に関わる怪我が無くて本当によかった。心配したよ」

 班目は隼翔からの電話を受け、すぐに救急車と警察を手配し、自身も現場に直行した。

 怪我をして流血して意識を失っている二人を目の当たりにした時、班目の心臓も止まる思いだった。

「…心配かけてすまなかった」

 瑞岐は班目に謝った。

「いや、しょうがないさ大佐。まさか日本でこんな事件が起こるとは思うまい。

 本当は私も、加賀医官と共に二人が目覚めるのを見守りたかったんだが、本部に呼ばれてしまってね」

 班目は小脇に抱えていた鞄から、いくつかの書類を取り出し見せた。

「二人を襲った犯人の足取りを、警察や軍に追ってもらった。

 結果から言うと、逃げられたのだが。

 成田空港から出航した民間旅客機に乗り込む姿が監視カメラに残っていたそうだ。

 …彼女は今頃、北京だろう」

 そういえば、あの女性は「急いでいる」と言っていたことを、瑞岐は思い出した。

 急いでいたのは、飛行機の時間が迫っていたからだろうか。

 にしても、通りすがりのライダーからバイクを強奪するなど、派手なことをやってのける。

「女性が大佐らと会う前に乗っていた車も、盗難車だった。

 それに残されていた指紋や髪、現場の血液等から人物の特定を図ったのだが……」

「前科もんか?あの女、絶対カタギじゃねえぞ」

 班目の話を待たず、隼翔が口を挟んだ。

 班目は眼鏡を押さえながら首を横に振った。


「…そんなレベルじゃない。

 彼女の名は、通称『エンジェル』。本名と国籍は不明。

 中米を拠点とする巨大マフィア、『カオス・エデン』の幹部とされている」


 予想外の言葉に、一同は声を失う。

 しばらくして、沈黙を振り払ったのは瑞岐だった。

「そ、そんな人間がなんで日本に……。しかも一人で……」

 海外マフィアの大物が何故、一人で鎌倉の山道に居たのか。

「いやむしろ、彼女は一人の方が都合がいいのだろう」

 班目は資料の中から該当の項目を選び出し、読み上げる。

「『エンジェル』はウィザードだ。

 アメリカ合衆国がつけたコードネームは…『No Life』。

 その名の通り彼女は死なない。不死の能力を持つウィザードだ」

「不死……?!」

 資料にはいくつか、アメリカ国内でのテロ事件実行犯として、その名前があった。

 監視カメラの映像と思われる画素の荒い写真に、隼翔と瑞岐を襲った女らしき人物が映っている。

「彼女に死は無い。だからこそ無茶な潜入作戦やテロ行為を、幹部の彼女自ら単独で行う」

「死なねえ能力……」

 隼翔はエンジェルとの戦闘を思い出す。

 彼女に攻撃をした時、殺すつもりで拳や蹴りを入れた。そして確かに手応えはあった。

 だが、彼女はいずれも平然とした顔で起き上がってきた。

 首の骨を折られても、大量の血を流しても、何事も無かったかのように笑っていた。

 あれが『不死』の力だというのか。


「班目。エンジェルが日本に来た理由はわからないのか?」

 瑞岐は昨今の日本国内のニュースを思い出してみた。

 彼女が…外国のマフィアが関わっていそうな事件は無かったはずだが。

「はっきりとした理由はわからない。だが、実に嫌な予感がするよ。

 この件はすでに赤城閣下の耳にも入っている。何か措置があれば追って連絡しよう」

「…………」

 班目の言葉に、『赤城』の名前に、隼翔は反応した。

 エンジェルが去り際に言い残した台詞が気にかかっていた。

『アメリカや、あんたらのボスがやろうとしていることを知っても、お前はそこに居続けられるか?』

 その言葉の意味を、赤城なら知っているのか?


 隼翔は『カオス・エデン』という組織を知っている。

 八咫烏の護衛役になるべく、駆逐艦・天津神に異動になる前に隼翔はアメリカにいた。

 同盟国派遣軍の一員として、アメリカ南部やカリブ海で戦っていた組織こそ、カオス・エデンだった。

 その組織は中米の闇に巨大な根を張り、表の世界から蜜を吸い上げ、小さな国々を飲み込むまでに肥大化していた。

 合法品から非合法品まで網羅した独自の巨大なマーケットを築き上げ、世界中に顧客を持っている。

 そしてその金で要塞化した軍事施設を作り、兵器の密造、敵軍兵器の分析・研究まで行っているのだとか。

 最早それは一つの企業や団体というよりも、『国』のようだった。



 隼翔は、あの女の言うことを信じている訳ではない。

 しかし気にかかる。

 少し考えてから、隼翔は口を開いた。

「班目。赤城と話をさせろ」

「どうした、少尉?」

「赤城が……政府や軍の偉い奴らが何を考えているのか聞きたい」

 唐突な要求に面食らうも、班目は静かに答える。

 この航空隊少尉は感覚的な男だ。直感だけでものを言うことは知っている。

「…高山少尉。質問の意図が見えない。閣下は多忙でいらっしゃる。それなりに重大な要件で無ければ叶わないと思うが」

「女が言ってたんだよ。アメリカや日本の偉いさんが何か企んでるってな。

 そのせいで、あいつは日本に来ていたのかもしれない。だからオレは、それが何なのか知りたい」

 覚えのないことに、瑞岐は首を傾げる。

「エンジェルがそんなことを?」

「お前が気ぃ失った後、少しな」

 大まか過ぎる質問だが、一応報告だけはしておくべきかと、班目はため息をつく。

「……まあいい。閣下には伝えておくが、期待はしないでくれたまえ」

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