029 Anjel④
瑞岐が目を覚ました時、見えた景色は無機質な白い天井だった。
白い天井、白い壁、白い蛍光灯。白い部屋の中で白いベッドの上に、瑞岐は寝かされていた。
見慣れぬ景色に視線を巡らせると、見覚えのある白髪の老紳士の後ろ姿を捉えた。
「……加賀先生……?」
かすれた小さな声に、老紳士は振り返る。
「ああ、目が覚めましたか。瑞岐くん」
眼鏡の奥の細い目をさらに細めて微笑む老紳士。
相手を落ち着かせるような笑顔で優しくゆったりとした口調で話す男は、恰幅のいい身体に白衣を纏っている。
瑞岐が幼い頃から世話になっていた、軍医の加賀だった。
だんだんとはっきりしていく意識。
この部屋は、恐らく病院…入院用の個室だろう。
銃で撃たれた右足は手当てされていたが、痛みが熱を帯びて存在感を主張している。
瑞岐のベッド横にある椅子に加賀は腰掛けた。
「加賀先生、ここは……?」
「横須賀の病院ですよ。救急車で運ばれてきて、すぐに怪我は治療されました。
それはもうびっくりしましたよ。瑞岐くんと高山少尉が拳銃を持った暴漢に襲われたと聞いて」
ぼうっとしていた意識が、加賀の言葉ではっきりとクリアになった。
瑞岐はベッドの上で、がばっと起き上がる。
「加賀先生!ハヤトは?!」
拳銃で何発も撃たれ、明らかに自分よりも重傷だったであろう隼翔を思い出した。
「高山少尉は別の個室ですが……」
「ハヤトの所に行かせてください!」
瑞岐は痛む右足を引きずりながら、ベッドを降りる。
加賀の肩を借りて病院の廊下を歩き、隼翔のいる病室に向かう。
病室の番号と『高山隼翔』の名前を確認し、はやる気持ちでその扉を開く。
「ハヤト!!!」
血相を変えて部屋に入った。
そこには点滴受け、大柄な体躯に幾重も包帯を巻いた隼翔の姿があった。
「お、やっと目ぇ覚ましたか、瑞岐」
瑞岐の想像していた光景とは裏腹に、えらくのんびりとした空間が広がっていた。
銃で撃たれ、大怪我をしてたはずの隼翔。瑞岐は生死の心配をしていたくらいだった。
しかし当の隼翔は瑞岐よりも早く目覚め、治療も受け終わったらしく、のんきにバナナ食ってやがる。
「……なんで生きてるんだ?!」
「生きてたら悪ぃか!」
ごく普通の、いつも通り過ぎる隼翔に、瑞岐は驚愕した。
「何発撃たれたと思ってるんだよ!お前は船坂弘か!」
「お前とは鍛え方がちげーんだよ」
「…びっくりですよねえ。私も最初に見た時は死んでるかと思いました」
確かに、隼翔は表情こそ平然としているが、手足から左肩まで包帯で覆われて痛々しい姿だ。
「高山少尉ね。ピンピンしてますけど、これでも絶対安静なんですよ。全治二か月の大怪我で」
「かーっ!何日も病院で寝てるなんて嫌だぞ、オレ」
「そんなこと言われてもねえ」
軍医の加賀は、病院医師から隼翔と瑞岐の症状を聞いていた。
隼翔の怪我はそうそうたるものだ。
全身の小さな打撲や擦り傷。左上腕二頭筋の擦過射創。右ふくらはぎ貫通銃創。
特に深刻だったのが左肩の盲管銃創…体内に銃弾が残っており、鎖骨は折れ傷口が大きく裂け、病院に運ばるとすぐに手術が行われた。
「因みに瑞岐くんは軽傷なので、痛みさえ無ければ歩行もできますよ。激しい運動は禁物ですがね」
銃弾は擦ったが、これと言って大きな怪我はなかった。
「……ハヤト」
「あん?」
「なんであの時、素直にバイクを渡さなかったんだ」
瑞岐は静かに怒っていた。
「一歩間違えたら、死んでたかもしれないんだぞ!」
手に持っていたバナナの皮をゴミ箱に放り投げながら、隼翔は舌打ちをする。
「小柄な女一人に負けると思わねーだろ。…たく、オレのバイク盗難保険かけてねーんだよな……」
きっと何処かに乗り捨てられているだろう愛車に、やるせない思いだ。
険悪な雰囲気に加賀はおろおろとする。
構わず瑞岐は激高した。
「こんなになってまでバイクの心配かよ!馬鹿じゃないか?!」
「あぁ?!」
瑞岐の罵倒に、隼翔も応戦しようと口を開きかけた。
その時だった。
「病院でケンカはやめないか!!!」
隼翔の個室の扉がスパーン!と勢いよく開き、班目が現れた。
班目は病室に入るなりコートを脱ぐ。
本日はピンク色のミニスカナース姿だった。病院の看護師に触発されたのだろうか。
威風堂々とコスプレのまま、参謀長は隼翔のベッド近くまで歩いてきた。




