028 Anjel③
女はゆっくりと隼翔に歩み寄り、ブーツのヒールを勢いよく左肩の銃創にねじ込んだ。
灼熱の痛みが襲い、隼翔は咆哮を上げる。
「お前は私の…こっち側の人間だ。自分の為に躊躇なく引き金を引ける人間だ」
女は低い声で笑いながら、混沌に彩られた瞳に隼翔を映す。
そしてその生命を摘み取るべく、銃口を向ける。
「待て!!手を上げて銃を置け!!」
鋭く叫ぶ声と共に、大量の視線を感じた女は顔を上げる。
混沌の瞳に映るは漆黒の羽根の大軍。
無数のカラスが群れを成し、彼女を取り囲んでいた。烏は皆一様に三つ足で、その身に緑に輝く魔力の光を湛えていた。
瑞岐は車の影から身を現し、女に警告する。
「銃を置け!今すぐその男から離れろ!」
緑に煌めく少年の瞳を見て女は確信し、口角を上げる。
女の表情は邪悪そのものだった。
「なんという神の導きだろうね。
Hey,Boy…あんた…ウィザードか」
隼翔と瑞岐は背筋が凍りついた。
女は隼翔から身を離し、瑞岐に向かって走り出した。
「ミズキ!逃げろ!!!」
隼翔を置いていくことに一瞬戸惑ったが、瑞岐は女と反対方向に駆け出す。
だが彼女は逃さない。
足元に向かって発砲し、右足を仕留める。
命中こそしなかったものの、瑞岐の動きを止めるのに十分だった。
倒れた瑞岐に馬乗りになり、襟を掴んで仰向けにさせる。
「うぐ……ッ!」
女はその細腕からは想像できない力で、瑞岐の首を締めあげる。
頸動脈を圧迫され、瑞岐の意識は徐々に薄れていった。
「ミズキから離れろ!このクソ女!!!!」
瑞岐の意識が無くなり、力なく腕が垂れ下がったその時、女は左後ろから衝撃を食らう。
助走をつけ、隼翔の体重全てをかけた蹴りを女の首に叩きこむ。
蹴りの勢いは女の身体を吹き飛ばし、アスファルト上を滑走させた。
激しい摩擦で地に面した側の服が破れ、道路に鮮血の軌跡を描く。
殺すつもりで入れた蹴りだ。
しかし、女はすぐさま、むくりと起き上がる。
「それだけ撃たれて、まだそんなに元気があるのかい、エイプ」
女は血に塗れ、笑っていた。
「やっぱりお前は『こっち』の人間だ。今は軍人だったか?……お前の居場所は『そこ』じゃない」
「ああ?!英語じゃわかんねえ!日本語喋りやがれ!」
隼翔が怒鳴った時、女のイヤホンマイクに電話の着信が入った。
『エンジェル』
イヤホンから聞こえる低い男の声。
女は銃口を瑞岐に突き付けながら、電話の声に返事をした。
「ハロー、アンラ」
『何をしている。出発の時間まであと一時間半を切った。まだ戻らないのか』
「ああ、もうすぐそっちへ行くよ。
…そうだ、聞いてくれアンラ。いま偶然ウィザードのガキを拾った。これを持って行くことはできないか」
女は電話の相手…アンラと呼ばれた男に、瑞岐のことを説明する。
しかし、アンラは冷たくあしらう。
『馬鹿を言うな。今回の移動には民間の旅客機を使う。そんな大きな荷物、目立ってしょうがない。
惜しいのはわかるが、捨て置け』
「チッ、仕方ないね。じゃあ早々に切り上げてそっちへ向かうよ」
『ああ、急げ。エンジェル』
通話が切れると、癖の強い長い黒髪をかき上げ、ため息をつく。
銃弾を受けた傷口から大量の血を流し、肩で息をし、気を抜くと意識が飛びそうになる。
隼翔は片膝をつき、身を起こしているだけで精一杯だった。
そんな隼翔に銃を突き付けながら、女は隼翔のバイクに跨る。
刺さったままのキーを回し、セルを回してエンジンをかける。
「じゃあ、このバイクは借りていくぜ」
こんな奴に跨られる愛車が気の毒だと、そう思った。
女は去り際、ゆっくりと聞き取りやすい英語で隼翔に告げた。
「お前は『こっち』側の人間だよ。
アメリカや、あんたらのボスがやろうとしていることを知っても、
お前は『そこ』に居られるか?」
拳銃を懐にしまうと、空いた右手でアクセルを吹かし、左手で握ったクラッチを繋ぐ。
「また会おうぜ、Mr,エイプ。カラスのウィザードも一緒にな」
大怪我をしているとは思えない身のこなし。
隼翔にひとつウインクをすると、女はバイクで走り去って行った。
彼女の姿が完全に見えなくなると、隼翔は身体を引きずって瑞岐に近づいた。
「…脈は…ある。…息も…してる……」
瑞岐の左胸を触り脈を、口元に手を当て呼吸を確認すると、小さくため息をついてからその場に倒れる。
「…つーか、オレの方が死にそうだ。クソヤロー……」
最後の力を振り絞って、瑞岐のポケットから覗くスマホを取り出し、電話をかける。
「……もしもし。…班目か?オレだ。
出先で今…ミズキと死にかけてる。……そう、鎌倉の……ああ、頼んだ」
班目のことだ。
最低限のことさえ伝えれば、瑞岐と自分のGPSを頼りに見つけ出してくれる。
頼りになる仲間の声を聞き、ほんの少し安心した瞬間、隼翔の意識が遠のいたのだった。




