027 Anjel②
ツーリング帰路でのことだった。
夕飯を食べるために立ち寄った鎌倉市を抜け、逗子市から横須賀市へ入る辺りだろうか。
空いている道を選んで走って来て人気のない山道に差し掛かったところ、変わったものを見かけた。
車のタイヤが側溝にはまり、抜け出せなくなって立ち往生しているらしき車と、運転手らしき女性。
女性は二人の乗ったバイクに気が付くと、ブンブンと大きく手を振って呼んだ。
見捨てる訳にもゆかず、隼翔は女性の近くでバイクを止めた。
「どーした、姉ちゃん」
バイクの上から隼翔は声をかける。
女性は外国人らしく、癖の強い長い黒髪に褐色の肌、小柄ではあるがスタイルが良い。グレーのジャケットに白のTシャツ、デニムパンツにヒールの高いブーツ、そしてサングラスをかけた…観光客のようだった。
「ああ、よかった!この道、誰も通らないからどうしようかと思ってたんだ」
褐色の肌の女性は、明るい声でにこやかにこちらに歩み寄ってきた。
「?」
隼翔は首を傾げた。
というのも、女性の放った言葉は日本語ではなかったからだ。
だが女はそのままの調子で…日本語ではない言語で話を続ける。
「『連れ』にゃ急かされるし、参ってたんだよ」
近くで見たら彼女はイヤホンマイクをつけており、誰かと電話で喋っているところだったらしい。
「あーん?なんつってるかわかんねーぞ。きゃんゆーすぴーくじゃぱにーず?」
「ハヤト、英語だよ」
瑞岐はヘルメットを外してバイクから降りる。
一般会話程度の英語は話せるようにと、幼い頃から教育されてきたのが役に立った。
「大丈夫ですか?僕たちが手伝えることありますか?」
「うん?坊やは英語喋れるのか」
瑞岐が女性に英語で話しかける。
それを見ていた隼翔もバイクから降り、ヘルメットを取ると女の後ろにある車を覗き込んだ。
「ミズキ。その女の車、駄目だ。側溝にはまったタイヤがパンクしちまってる。
レッカー呼ばねえとどうしようもねえ」
隼翔の言う通り、車の左前輪は空気が抜けてぺしゃんこだった。この状態ではとても走れそうにない。
レッカー車を呼ぶべく隼翔はスマホを取り出す。
「英語がわかるなら話が早い」
女はにやりと笑い懐に手を入れる。
隼翔は不穏な気配を察し、咄嗟に瑞岐を自身の背に隠す。
「あんたらのそのバイク、ちょっと私に貸しちゃくれないか?」
右手には小型の拳銃が握られていた。女は銃口を隼翔へ向け、慣れた手つきで安全装置を外しながら、英語で話を続ける。
その光景に瑞岐も目を見開く。
「ミズキ。オレが合図したら、お前は車の後ろに向かって走れ」
隼翔は瑞岐に小声で指示を出す。
「オイ、外人の姉ちゃん。オレは英語はわかんねーが、お前が言いたいことはわかるぜ。
答えは『No』だ」
丸腰のはずの隼翔は、太々しく笑って否定の言葉を突き付ける。
右手で銃を構えた女は邪悪な笑みを浮かべ囁いた。
「そうか。なら、天使の福音を与えてやろう」
「行け!ミズキ!!」
隼翔が瑞岐の身体を車の後ろへ押し込み、女の腕に掴みかかろうと前進する。
それとほぼ同じタイミングで女は拳銃のトリガーを引いた。
パアン!という乾いた音が静かな山道に響き、隼翔の左上腕に激痛をもたらした。
女は身軽に隼翔の突進をかわすと、再び銃を構え隼翔の眉間に突き付けた。
「ハヤト!」
車の影に倒れた瑞岐は、すぐさま起き上がり隼翔に駆け寄ろうとする。
「来るな、ミズキ」
弾丸は隼翔の左腕を掠めた。プロテクターの入った革ジャケットだったお陰で軽傷で済んだ。
「その動き、一般人じゃないな。…お前、軍人か?」
隼翔の眉間に銃を突きつけ女は問う。瑞岐は車の影に隠れながら英語で答える。
「そうだ!僕たちは日本の軍人だ!だから馬鹿な真似はやめるんだ!」
説得しつつ、瑞岐はポケットからスマホを取り出し、電話で危機を報せようと試みる。が。
「Hey,Boy.余計なことはするんじゃない。このエイプの頭の中身を見ることになるよ」
「……!」
女に勘付かれた。
「ハヤト、このままじゃまずい。一旦バイクは諦めて……」
「ああ?!ふざけんじゃねえ!何でこんな不良外国人に愛車をくれてやんなきゃいけねーんだ!」
女は隼翔の態度を見て、再び引き金に力をこめ…ようとした瞬間、背後に気配を感じ、その気配の方向に向かって銃を撃つ。
(…カラス?!)
気配の正体は一羽のカラスだった。
咄嗟に瑞岐はカラスを操り、女の背中目がけて特攻させた。
そして、隼翔もまたそれを悟り、女が後ろを振り向いた瞬間に、女の頭めがけて右の拳で思い切り殴り飛ばした。
隼翔の渾身の一撃を後頭部に受けて、女は地面に叩きつけられる。
パアン!!
地面に倒れ込む間際、女は引き金を引いた。その弾丸は隼翔の右ふくらはぎを貫いた。
「ぐっ!!」
流石の隼翔も右足の痛みにふらつく。
そして、ふらついたところをまた銃弾が襲い、左肩にめり込む。
ギリギリで避け、心臓への命中は避けた。しかし、銃で撃たれた衝撃と激痛に耐え切れず、後ろに仰け反り、倒れる。
撃たれた箇所から鮮血が溢れ地を染める。
後頭部めがけて重い一撃を食らったはずの女は、何事もなかったように起き上がり笑った。
「私の銃を避けるとは、やるじゃないか、エイプ。
お前、最高だよ。
容赦なく、何の躊躇いもなく首の骨を折りに、殺しに来たな」




