026 Anjel①
横須賀より北西、神奈川県伊勢原市。
首都圏には珍しい未改良の峠を、隼翔は愛車を操つり翔けていた。
赤と黒を基調にしたカウルが鈍く輝くスーパースポーツの大型バイク。
黒のフルフェイスヘルメットに、ライダースジャケットはバイクに合わせた赤と黒。
軽快にバイクを左右に傾かせ、繰り返すカーブを抜けて行く。
「ハヤト!スピード出しすぎじゃないのか?!」
風切り音と一緒に、後ろのタンデムシートから喚く声が聞こえる。
隼翔に借りたジェットヘルメットを被り、瑞岐は必死に彼の背中にしがみついていた。
「ここ40キロ制限て書いてあったぞ?!」
「うるせーな、戦闘機に比べたら可愛いもんだろ」
走行中のバイクで、さらにフルフェイス越しだと声がよく聞き取れない。どうせ聞こえないだろうと、隼翔は遠慮なく舌打ちする。
「僕たち一応、国家公務員なんだぞ!」
「あー、はいはい、わーったよ」
もちろんアクセルは緩めない。
久しぶりの休暇だったので、せっかくだからと瑞岐をツーリングに誘った…というか、わりと強引に連れて来た。
初めて乗るバイクに最初は楽しそうだった瑞岐も、容赦なくスピードを出し、カーブの時は思い切り車体を傾ける隼翔の運転に恐怖した。いや、隼翔は運転自体は上手いのだが。
入り組んだ道を抜け、開けた場所に展望台が見えた。
二人を乗せたバイクは駐車場に入り、停車する。
「ほらよ、降りろ。ミズキ」
エンジンを切り、跨ったままサイドスタンドをかけて瑞岐に降車を促す。
慣れないバイクでの走行にバクバクと高鳴った心臓のまま、瑞岐は降りてヘルメットをはずすと、自然と深い息が漏れる。
展望台からは、街並みと相模湾が一望できた。
先程まで走っていた山道と打って変わった眺めに見とれていると、大きな風が髪と着ているチェスターコートの裾を揺らした。
「いつも海ばっかだからよ。たまにはいいだろ、山登りも」
展望台の柵に寄りかかって、隼翔は煙草を取り出し火を点ける。
「うん。こんなところ、初めて来た。
…いつもハヤトは僕の知らないことを教えてくれるな」
横須賀の街と、軍艦の中の風景、そして海。それ以外の場所は、数えるほどしか見たことが無い。
「…まあ、大概くだらないことだけど」
「お前は本当に可愛くねーな!素直に喜んどけよ!」
空母…国津神に異動になってから、とても忙しかった。
駆逐艦に居た頃の約四倍もの船員、駆逐艦には無かった兵科もたくさんできて、慣れない計器や電探に囲まれた部屋で八咫烏の運用練習。
班目たち参謀科のお陰で書類仕事だけは随分と楽になったのが、瑞岐にとって救いだった。
勿論、隼翔もまた航空隊長として部下ができ、教育・訓練に悪戦苦闘する毎日だった。
たまには仕事を忘れてのんびりと綺麗な景色を眺めて心を癒そう。そう言って隼翔は瑞岐を連れ出した。
「ミズキ、お前はもーちょっと外に出ろ。休みの日はほとんど家ん中か、せいぜい横須賀の街かだろ?
若いうちにもっと色んなもんを見て、色んな体験しておけ」
休みの日の瑞岐は、専ら自宅でゲームしてるか、飛行機のプラモデル作りに勤しんでいるかだ。
「特にアウトドアだ!も少しアウトドアな趣味を持っとけ!でねーと将来、船務科の三人みたいに根暗になるぞ」
隼翔が言っているのは、春日・橿原・出雲のことだろう。
「かと言って、お前みたいにはなりたくないんだけど」
「ああん?なんだとてめー。じゃあどういう大人になりてーんだ」
「うーん」
知っている大人たちの顔を思い浮かべる。
「…仕事ができて、落ち着いてて、気配りもできて……」
真っ先に瑞岐の頭に浮かんだのは、先日会った陸軍の飛騨中将だった。思い出しながら彼の印象を説明する。
それらの断片的な情報から隼翔は答えを導き出す。
「班目か」
「いやそれだけはない」
即答、断言である。




