021 弾丸の魔女⑧
ピロロロロロ……。
緊迫した沈黙の中、場にそぐわない間抜けな、単調な電子音が鳴り響いた。
それはSPの懐にあった携帯端末のもので、着信があったようだ。
「ジョン、うるさいわ。切りなさい」
瑞岐と睨みあったまま、エリーはSPに言い放つ。SPは片手で班目の腕を抑え、空いたもう片方の腕でスマホを取り出した。
そしてその着信画面を見て硬直する。
「お、王女!」
「なによ、ジョン」
「その……女王陛下からです」
SPの言葉に愕然とするエリー。
イギリス王家の現当主である女王陛下は、現在のイギリスの最高権力者だった。そしてエリーの、厳しく恐ろしい母親だった。
そんな女王陛下からの電話を無視する訳にもいかず、エリーはSPに電話を取らせる。
『ハロー、ジョン。エリーはまだ起きているわね?代わって頂戴』
SPが電話に出ると厳かな声が告げた。SPはその言葉に背く気配は全く無く、迷わず王女に端末を手渡した。
「は…はろー……」
エリーは恐る恐る電話の相手に呼びかける。もうすでに、彼女の頭から瑞岐や隼翔のことなどスッポリ抜けていた。
『今日はずいぶん夜更かしなのね、エリー』
「ち、ちがうのよママ。今から寝るところだったの」
『あらそう。じゃあ電話、代わりなさい。Crow Mancerに』
エリーの頭が真っ白になった。
なぜ、バレた?!
このことは自分と、弾丸の魔女の力で脅したSP・ジョンしか知らないはずなのに!
ぱくぱくと口を閉じたり開けたりしながら、やっとの思いで言葉を発する。
「な なななななななんのことかしら?ママ?!」
喋ったはいいが、言葉も身体もガタガタと震えていた。
『ママの言うことが聞けないのかしら、エリー?ママはなんでも知っているのよ』
女王陛下の口調は怒気と優しさを噛み殺したオーラを纏っていた。
エリーは、あきらめた。
この母親には絶対に逆らえないことを、よく知っている。
顔面蒼白になりながら、瑞岐に電話を変わるように伝え、端末を渡す。
突然のことに瑞岐も戸惑いつつも、言われた通り電話を取る。
「もしもし……」
『ハロー。あなたが日本のウィザード、Crow Mancerね?』
電話越しの声は流暢な日本語で、瑞岐に優しく穏やかに尋ねた。
「はい。…あなたは?」
『私はイギリス王国・現国家元首。そしてエリーの母親よ』
その言葉の意味の重さに、瑞岐も硬直する。
『ウチの馬鹿娘のイタズラがすぎたみたい。申し訳ないことをしたわね。
先程、Mr.アカギから連絡をもらったわ。
あなたたちの身柄は即刻開放し、ホテルに向かわせた日本海軍に引き渡す手はずになってるわ。
安心して。馬鹿娘には一切手出しをさせないから。英国女王の名において、ね』
女王陛下は、必要なことを瑞岐に伝え終わると、通話を切った。
日本と半日以上時差のあるイギリスでは、調度午後のティータイムの最中だった。
優雅に紅茶を飲みながら、女王陛下は赤城との会話を思い出していた。
赤城曰く、愛娘のエリーが日本で大きなイタズラをしていて手に負えないと。
彼女は赤城に謝辞を述べ、娘のイタズラの詫びの代わりとある提案を出した。
「申し訳ないわね、Mr.アカギ。この借りは近いうち必ず返すわ。
そうね、日本が危機に瀕した時は、必ず…私の名を冠す精鋭部隊を派遣しましょう」
女王陛下の言葉を受け、電話口の赤城の低い声が答える。
「まるで、我が国が戦争でもするかのような口ぶりですな」
赤城の含んだ口調に彼女は笑う。この日本人はイギリス流の冗談を吟ずる。良き友人だ。
「とんでもないわ。我が国は心から平和と秩序を愛する」
「陛下の美しい舌が二枚で無いことを祈りますよ」
女王陛下は、ふと気付く。
ティーカップの紅茶が無くなっていた。
彼女は従者を呼び、新しい紅茶の用意を頼んだ。
「チェリーフレーバーはいまいちね。次は、キーモンを煎れて頂戴」




