019 弾丸の魔女⑥
班目は手早くスーツに着替え、車の鍵を手に歩き出す。
念の為にと、隼翔は再びカラスを鷲掴み持っていく。
駐車場で車に乗り込み、エリーが宿泊しているホテルへ急ぐ。
車を走らせながら、班目は赤城に電話を入れる。幸い赤城はすぐに電話に出てくれた。
班目は先ほど、カラスから受け取ったメッセージの件を赤城に伝える。
『なんだと』
電話口向こうの赤城の声が鋭くなるのを、斑目は感じ取った。
「現在、高山と王女宿泊先へ急行しています。…はい。…なるべく、事を荒立たせないよう努めます」
班目は赤城が電話を切ったのを確認すると、己も端末の通話をオフにする。
助手席でこめかみの血を拭き取り、絆創膏を貼っていた隼翔が口を開く。
「いいのか、赤城に知らせちまって」
隼翔は事態が大きくなることを懸念している。
「報連相は基本だぞ、少尉。何かあったら我々ごときでは責任が取れない」
大事になることで瑞岐の身の危険を案じた隼翔だった。責任、という言葉が少し引っ掛かる。
「成瀬大佐の誘拐は、恐らく王女の独断だろう。英国政府がこんな馬鹿なことを指示する訳がない。
ウィザードはそのものが国家機密であり、国家の軍事力の要だ。
それを拉致監禁など、世間に知れたら日英開戦待った無しだ」
「…………」
「ところで少尉」
「なんだ」
「成瀬大佐からの連絡は無いのか」
班目は横目で、隼翔の膝の上でぐったりしているカラスを見た。
「いや、それがさっきから全然反応なくて……」
「…少尉が乱暴に扱ったから、カラスが弱ったのではないか?」
そういえば先ほどから何度も、この馬鹿力の軍人に鷲掴みにされていた。
同じ時間、リゾートホテル・スイートルームの一室で瑞岐は危機に瀕していた。
「さっきからやけにおとなしいと思ったら。Crow Mancer、あなた今、魔力を使っていなかったかしら」
床に転がりながら、カラスを操るべく魔力を使っていたところを、瑞岐の瞳が魔力の解放のために緑に輝いていたところを、エリーに見つかった。
「Crow Mancer、あなたカラスをエアファイターに変える以外にも、何かできるのかしら?」
エリーはにやりと笑う。ウィザードの能力は極力他国へ知られたくない。瑞岐は誤魔化そうとする。
「そんなことはないよ。エリー王女、君の見間違いじゃないのか?」
「…だめよ、Crow Mancer。親愛なる未来の女王に隠し事はいけないの」
エリーは妖しく笑いながらショルダーバッグから、何かを取り出す。それは革ベルトに、金属の…大きなフォークのようなものがついた代物だった。
見たこともない道具に瑞岐がその用途を考えてると、エリーは正解を口にした。
「これはね。『異端者のフォーク』というの。
今のあなたのように手足を縛って、二本のベルトを頭と首に巻き付けるの。
すると顎の下に、この鋭いフォークが突き付けられて、あなたは首が動かせず、喋ることもできなくなるのよ。
急所に刺さることはないから、死ぬことはないの。だからずっと遊べるわ。
中世ヨーロッパで、魔女狩りに使われていた拷問道具よ。素敵でしょう?」
幼い少女は、自分のおもちゃのコレクションの自慢を始める。
瑞岐は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「うーん。でも、これはだめね。未来の女王の騎士が顔に穴が開いているのは、美しくないわ」
中世の拷問具を床に放り投げると、エリーはまたバッグの中をまさぐった。
そして今度は、エリーの手のひらにすっぽり収まるくらい小さな金属の塊を取り出した。
厚みのある鉄の板を、真ん中のネジで固定しているのだろうか。一見すると工作道具のようだった。
「これはね。この並んだ二つの穴に、あなたの両親指を入れて、真ん中のネジを回していくの。
ゆっくり、ゆっくり回していくと、どんどん鉄の板が指をつぶしていって、最後には骨までぺしゃんこよ」
楽しそうに喋るエリーに、瑞岐は血の気が引いた。
「ニッポンに持ってこれたコレクションは地味なものだけだけれど、ロンドンに帰ればもっと豪華で素敵なオモチャがたくさんあるわ!」
拉致されるだけではなく、拷問まで受けるのか。青ざめる瑞岐は思った。
(この変態は有害なタイプの変態だ!)
現実逃避からか脳内で、無害なタイプの変態の代名詞の班目がセーラー服で駆け回る。
瑞岐の親指が潰されかけた時、スイートルーム内全ての電話が鳴り響いた。
電話を取ったSPが、王女に声をかける。
「エリー王女。ホテルのフロントからです」
「うるさいわね。用事なら明日にしなさいと言っておいて」
「いや、それが……フロントに日本海軍の佐官が来ていると……」
日本海軍という言葉に、エリーと瑞岐は反応する。
エリーはSPから受話器を奪い取る。
「かわりなさい。…ハロー、何の用かしら」
エリーはフロントの受付に呼びかけた。電話の相手は女性のホテルスタッフだった。
SPの言った通り、日本海軍の中佐・班目がフロントに来ており、大至急エリーに取り次いで欲しいとのことだった。
「申し訳ないけれど、中佐にはお引き取りいただいて。エリーはもう寝る時間なの。用事なら明日の朝に……」
冷たく言い放つと、エリーは受話器を置こうとする。
『オイ、コラ!チビ助!てめー、ミズキはどうした?!』
置きかけた受話器から柄の悪い男の声が響いた。
受付の女性の受話器を奪い取り、無理やり電話を変わった隼翔。
「お、お客様、困ります!」
受話器を返すよう懇願するスタッフを無視して、隼翔は怒鳴る。
「そこにミズキがいるこたーわかってんだ!ミズキを返せ!」
仕方なくエリーは、隼翔と班目を部屋に通すよう伝えた。
あの二人に騒ぎを大きくされたら困る。
そうなる前に、自分自身が引導を渡してやる。
この声の主は昼間の技術交流で一緒になった、烏使いの護衛パイロット。




