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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第94話 橘美月、恋を知る

第94話 橘美月、恋を知る


 放課後のグラウンド。


 橘美月は、いつものように陸上部の練習に参加していた。


「よし、もう一本!」


 勢いよく走り出す。


 地面を蹴る感覚。


 風を切る音。


 体が前へ進んでいく爽快感。


 走ることは、昔から好きだった。


 けれど今日は、どうにも集中できない。


「……あれ?」


 タイムを確認した美月は、首を傾げた。


 いつもより少し遅い。


 疲れているわけではない。


 体調も悪くない。


 それなのに、頭の中が落ち着かなかった。


「美月、どうしたの?」


 部員の一人が声をかける。


「今日、なんか変だよ?」


「えっ、そう?」


「うん。さっきから上の空」


 美月は苦笑した。


「ちょっと考え事してただけ!」


「ふーん」


 部員は意味ありげに笑った。


「もしかして、好きな人でもできた?」


「はあ!?」


 美月は思わず大きな声を出した。


「な、何言ってんの!」


「その反応、怪しい!」


「違うって!」


 美月は慌てて否定した。


 けれど、その瞬間。


 頭に浮かんだのは、一人の少年の顔だった。


 黒瀬怜司。


 優しく笑う顔。


 真剣に何かへ取り組む姿。


 子供たちに目線を合わせて話していた、あの日の光景。


「……っ!」


 美月は慌てて首を振った。


「違う違う!」


「何が?」


「何でもない!」


 部員はますます楽しそうに笑った。


     ◇


 練習後。


 美月はグラウンド脇のベンチで、スポーツドリンクを飲んでいた。


 夕日が校舎を赤く染めている。


「……何なのよ、ほんと」


 小さく呟く。


 最近、怜司のことを考える時間が増えた。


 最初は、運動神経のいい友達だと思っていた。


 それだけだったはずだ。


 けれど、研究発表会の準備で一緒に過ごすうちに、印象が変わっていった。


 誰かが困っていれば、自然に手を差し伸べる。


 自分の力を誇ることもない。


 そして、何かを頑張っている人を、素直に褒めてくれる。


 あの日、子供たちへの指導を褒められたとき。


 自分でも驚くほど嬉しかった。


「……あー、もう!」


 美月は両手で顔を覆った。


 さらに、澪と麗華の名前を聞いたときのことを思い出す。


 怜司が二人と出かける。


 ただ、それだけの話だった。


 なのに、胸の奥が少し苦しくなった。


 なぜだろう。


 答えは、もう分かりかけていた。


「……私、怜司のこと……」


 そこまで呟いて、言葉が止まる。


 頬が熱くなった。


「……うそでしょ」


 美月は空を見上げた。


 自分が、こんな気持ちになるなんて。


     ◇


 翌日の昼休み。


 美月は校舎の廊下で、怜司を見つけた。


「あ、怜司!」


「美月さん」


 怜司が笑顔で振り返る。


「部活、どう?」


「順調! ……って言いたいところだけど、昨日はちょっと調子悪かった」


「大丈夫?」


 怜司が心配そうに眉を寄せる。


「無理してない?」


「だ、大丈夫だって!」


 美月は慌てて手を振った。


 ただ心配されただけなのに、なぜか心臓が跳ねた。


「そうだ、怜司」


「うん?」


「今度、一緒に走らない?」


 怜司は少し考えた。


「いいよ。僕も体を動かしたいと思ってたし」


「ほんと!?」


 美月の声が弾んだ。


「うん。いつがいい?」


「えっと……」


 美月は慌てて予定を考えた。


 澪と麗華とのお出かけ。


 詩織との約束。


 それらが頭をよぎる。


 けれど、ここで引くつもりはなかった。


「来週の放課後とか、どう?」


「それなら大丈夫だと思う」


「よし!」


 美月は思わず拳を握った。


 怜司が笑う。


「そんなに楽しみ?」


「……っ!」


 美月は顔を赤くした。


「そ、そりゃ楽しみでしょ! 怜司、運動得意だし!」


「ありがとう。僕も楽しみにしてる」


 その言葉に、美月の胸が温かくなった。


     ◇


 放課後。


 美月は部活の友人に、怜司と走る約束をしたことを話していた。


「へえ、黒瀬君と?」


「うん」


「二人で?」


「……うん」


 友人はニヤリと笑った。


「それ、デートじゃない?」


「違うって!」


 美月は即座に否定した。


「ただ一緒に走るだけ!」


「でも、嬉しそうじゃん」


「……そ、それは」


 言葉が詰まる。


 友人は楽しそうに笑った。


「美月って、分かりやすいよね」


「うるさい!」


 美月は顔を真っ赤にして、スポーツバッグを抱えた。


 けれど、心のどこかでは認め始めていた。


 怜司と一緒にいると楽しい。


 もっと話したい。


 もっと自分を見てほしい。


 そして、ほかの女の子と仲良くしていると、少しだけ寂しい。


 それが何を意味するのか。


 もう、分からないふりはできなかった。


「……好き、なのかな」


 小さな呟きが、夕方の風に消えていった。


     ◇


 その日の夜。


 美月は自室のベッドに寝転がり、スマートフォンを見つめていた。


 怜司との連絡先。


 何度も開いては、閉じる。


 何かメッセージを送りたい。


 けれど、何を送ればいいのか分からない。


「……私らしくないなあ」


 美月は苦笑した。


 普段なら、思ったことはすぐ口にできる。


 走るときも、勝負するときも、迷わず前へ出る。


 なのに、恋愛となるとこんなに難しい。


 しばらく考えた後、思い切ってメッセージを送った。


『怜司! 来週の練習、楽しみにしてるからね!』


 送信した瞬間、心臓が跳ねた。


「……送っちゃった」


 数分後。


 返信が届いた。


『僕も楽しみです。よろしくお願いします、美月さん』


 美月は画面を見つめた。


 そして、思わず笑みがこぼれる。


「……ほんと、ずるいなあ」


 ただの返事なのに、こんなに嬉しい。


 美月はスマートフォンを胸に抱えた。


「……よし」


 小さく呟く。


「私も、頑張ってみようかな」


 走ることなら、負けたくない。


 そして今は、恋でも簡単に負けたくないと思い始めていた。


 橘美月。


 明るく、真っ直ぐな少女。


 その恋が、ついに動き始めた。

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